第2話 王女と真実の口【アンヌ王女】

 中世ヨーロッパの街並み、石畳の街路、馬車が車道をとおり、山麓の高台には石積みの城壁と塔が屹立する王宮の城がそびえ建っている。


 ラルクが街で果物や食材を買って骨董店に戻ってくると

「ここは、いろいろな食材がそろってよい街ですね。他にも防具屋、武器商、などもあって、いかにも異世界って感じです」


 店の奥で本を読んでいる弥生姫は、顔をあげてうなずき

「そうね、ラルクの生まれた世界と似ているものね」


「……はい、だけどやっぱり違う世界です」

 少し寂しそうに言う。


 うっかりラルクの触れられたくない話題に口が滑ってしまった弥生姫は、話題を変えようと少し間をあけたところに、店の外に四頭出ての豪華な馬車が止まった。


 さて、今日のお客は……


 ◇


 店に入ってきたのは、つば広の帽子をかぶり、フリルの服に着飾った、いかにも高貴そうな少女。


「いらっしゃいませ」

 ラルクが声をかけるが、奥の弥生姫は再び本に目を落として、ほとんど無視している。


 入ってきた少女は、十四歳ほどの中学生くらいで、ラルクと同じ歳頃の感じだ。

 少女は、所狭しと飾られている骨董品を見まわして


「やっぱり、すごいわ。このお店。不思議な物がいっぱいある」

 目を輝かせて言うと、ときに品物を手にしている。


 そこにラルクが寄ってきて

「お客様、ここは始めてのようで、どなたかの紹介でしょうか」

「紹介でないとだめなの」

 少女は少し突っかかるような口調で言うと


「いえ、そんなことはありません、どなたでも結構です。偶然見つけてこられる方もいますが、口コミもしくは、こちらが招待したお客様がほとんどですので」

 少女はうなずくと


「お母様に満月の日にだけ開店する骨董店があると聞いてきたの」


「お母さまとは……差し支えなければ、どなたですか」と聞いたもの、しつこいかと思い

「すみません、別に言わなくて結構ですよ。お客様のプライバシーに関わります、個人情報ですので」

 すると、少女は気にする様子もなく


「お母様は、フローリアよ」


 パタン! 


 奥で本を閉じる音がして、弥生姫が席を立ち、揉み手で少女のところに来て

「これは、ようこそいらっしゃいましたぁ~~」


 急に態度を変える弥生姫に、ラルクが唖然としながら

「どうしたのです」


 すると弥生姫はラルクの腕を引っぱって奥に誘い、小声で……

「フローリアと言えば、この国の女王様よ。それをお母さまと言うこの方はアンヌ王女」


「ええ! 王女さま」

 ラルクもさすがに驚いた。


 アンヌは、つんとすましたまま、変わらず品物を見ている。

 再び弥生姫が近づき

「何か探し物が、ございますか」

 するとアンヌは、急に真顔になり


「魔具は置いてますか」


 思わぬ注文に、弥生姫も少し動揺し

「魔具ですか、ないこともないです。ただし、ここは骨董店なので、昔に作られた物しかありません。新しい魔具などはありませんよ。いったい、どのような魔具を」


 アンヌは、少し言いにくそうに

「相手が言ったことの真意を見極める魔具がありますか」


 思わぬリクエストに、弥生姫は少女の瞳を注意深く見つめながら

「そうですね……。ありますよ」


 アンヌは、意外だと言った表情のあと瞳を輝かせ

「ほんとですか! 」


「ええ、でもこれは人の心をのぞく禁忌の魔具です。それなりの理由がないと売ることはできません。よければどのようなことに使われるのですか。もしかして、思い人の気持ちを知りたいとか」


 アンヌは苦笑いして

「その程度の理由では売れないのでしょ」


 弥生姫も笑ってうなずいたあと、沈黙してアンヌを見つめている。言わないと売らないと察したアリアは観念し


「わかりました、正直に言います。実は、私の母が病にかかり、その後、臨時で私が女王の代行になっているのですが……」そこで、少しうつむくと


「どうも、王宮関係者で不正を行っている者がいるようで、国民から不満の声があがっているようなのです。その者を見つけたいのです」

 

 唇を噛むアンヌは、自分が臣下を統率できず不甲斐ないためだと思っているようだ。

「わかりました。よく、話してくださいました」

 事情を察した弥生姫はそれ以上聞かず、壁にかけている丸い人の顔の彫刻を持ってきた。


 ◇


「これは、真実の口……のレプリカ」

 弥生姫はそう言って、アンヌに手渡した


「真実の口」

 妙にデフォルメされた老人のような顔の石の彫刻は、目と鼻と口が黒い穴になって神とも悪魔ともいえない不気味さがある。


「はい、本物はこの世界と違うローマという街の教会にあるのですが、これはそれのレプリカです。でも、機能は同じですよ」

「どうなるのだ」


「質問の答えに嘘をついた場合、口が締まるのです。本物はもっと大きくて、口に手をいれると噛みつくのですが、これは口が締まるだけです。指が入りそうですが決していれないでくださいね」


 アンヌは、しばらく彫刻を見つめたあと。

「わかった、一度試してよいか」


「どうぞ」

 弥生姫が同意すると、アンヌは入ったときから気にしているラルクを見て


「そこの店員、名をなんという」

「ラルクでございます」

 アンヌはうなずくと


「ラルク、これから余が質問するから、嘘で答えよ」


 急にふられて戸惑ったが、断ることもできそうにないので

「しょ……承知しました」

 ぎこちなく答えると、アンヌはニタリと微笑み

 

「ラルクよ、私を可愛いと思うか」


「ええ! それは……」

 いきなり、答えにくい質問だ


 嘘を言えということは「可愛い」と言って口が閉じたら、可愛くないと言ったのと同じだ。可愛い姫様だと思い込むようにして「可愛くない」と嘘を言って口が閉じないといけない。ここは一か八かだ。


「可愛くないと思います」


 すると、真実の口が閉じる。

「ほほーーう」

 アンヌが微笑む。

 ラルクはほっとしたが、アンヌはラルクを睨むように見つめ


「私は嘘を申せと言った。そこで、ラルクとしては今のように「可愛いくない」と嘘を言って真実の口が閉じ、実は可愛いと思っている、と私に思わせようとした」

 ラルクがうなずくと


「……つもりだろうが、ラルク。嘘をつけと言ったのに、嘘をつかない場合、真実の口はどうなると思う」

 鋭い瞳のアンヌにラルクは息をのんだ、後ろで聞いている弥生姫は笑いをこらえている。


「真実の口は、質問に対して真実で答えているかを見抜く魔具だ。心の底から可愛いと思っているのに、可愛いくない、と言えば、質問者の意図のとおり嘘をついた答えなので、真実の口は閉じないはずだ。しかし、ラルクの答えに真実の口は閉じた」


「………! 」


 少し混乱したがラルクは、してやれたと真っ青になり

「嘘をつけと言われたのに、嘘をつかなかったので真実の口が閉じたってこと。嘘をつくか、つかないか、にも掛かるのか」


「つ・ま・り! ラルクは私を可愛くないとい思っているのだぁーー! 」

 真っ赤になってふてくされるアンヌに


「ええー! 」

 ラルクは呆然としている


「べつによいわ! お前に可愛いと思われなくても。魔具も正常なようだし、借りるとしよう」


「そんなー」

 小さくなっているラルクに、弥生姫はしばし笑ったあと。


「ところで、姫様。疑ってはいませんが、貴重な魔具を悪用されたり、紛失、盗難されることも考えると、厳重に管理が必要なので、貸してる間ラルクを同行させますがよいですか」 


「まあ、しかたあるまい」

 アンヌが渋々同意するが、突然の提案にラルクは驚いて


「ええ! べつにそこまでしなくても」と言いかけるラルクの口を弥生姫は塞いで、再び奥に連れ込み、耳元で


「あのお姫様、王女なのよ、ここはラルクが恩義を売って、あわよくばものにしちゃいなさい」

「ええ! あんな偉そうで、人をだますような生意気なのは苦手です」


 焦るラルクに、弥生姫は肩を落として

「まあ、ラルクにそんなホストみたいなことは無理か。とにかく、お得意さんにするのよ。わかった」


「……はい」

 か細く答えるラルクだったが。


 弥生姫達が戻ると、アンヌは頭にうさ耳のカチューシャを勝手につけていた。

 可愛く微笑むアンヌに、弥生姫は真っ青になり


「それは、遠くの会話を聞き取れる、ウサ耳のカチューシャ。ってことは、さっきの話……全部聞かれていた」


 弥生姫は気まずい表情で、へらへら笑いながら

「あのーーー。アンヌ王女、それで、どうされますか」

 

 アンヌは冷めた目で弥生姫とラルクを見て

「余は寛大じゃ、下賤の姑息な思惑など気にせぬは。それより、生意気な少女に引っかかるラルクはよいのか」


 勝ち誇って、蔑むようにラルクを見るアンヌに、馬鹿にされたラルクは

「しかたありません! 真実の口を悪用されてもいけませんからね」

 皮肉をこめて言うと


「そんなことせぬわ! それより、ラルクも、こっそり片思いの女の気持ちを知ろうと、したいのじゃないのか」

「そんな、ことするわけないでしょ」


「まあ、だいたい、そんな単純、お人好しでは、、女に騙されるのがオチだろう」

 アンヌも皮肉を込めて言う


「アンヌ王女だって、そんな性格だと彼氏できませんよ」

「お前に言われる必要ないわ……フン!」

「ふん! 」


 言い争うアンヌとラルクに、弥生姫は店の奥から布でくるまれた長細い箱を持ってきた。


「まあまあ、その辺にして、それよりアンヌ王女、何かあれば、この箱をラルクに渡してください」

 ずしりと、意外に重い箱を、持ち


「なんですか」

わざ物の骨董品です。中は空けないでください。必要なときはラルクが言いますので渡してやってください。ラルクが持っているといろいろ不都合がおきますので」


「不都合とは」


 弥生姫はラルクを見て

「それは、今は聞かないでやってください。そのため、店に置けないのですから」


 一方、急に押し黙るラルクに、アンヌもそれ以上聞かず。


「わかったわ」

 そう言って箱を受け取ると、気乗りのしない感じなのか、目を合わさないラルクにアンヌは


「それよりラルク、さっき私がうさ耳をつけているのを見て、どう思った、可愛いと思っただろ」

 アンヌがジト目で見つめると、ラルクは少し赤くなり


「正直に申しまして、可愛く……ありません! 」


 憮然としてそっぽ向をいたが、アンヌは手に持った事実の口をこっそり見ると口が閉まり、笑みを隠していた。



 こうして、ラルクは次の満月に骨董店が開くまでの間、アンヌと城に向かった。


 一方、ラルクがいない間、弥生姫は店番にアルバイトを雇うことにした。それは、次のお話で。


 ※ アンヌとラルクの「嘘を申せ……」の問答のロジック、間違っていないかなぁ〜(汗)

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