06: ミミック
友達が擬態だったと判明した。
「友情に変わりはないよ」
と前置きされたが、いや、どうだろう。
腕っぷしの強い奴であるふりをして襲撃を逃れる、とかいう種類の擬態ではない。
本当はそんな気持ちもないのに、相手に友人だと信じ込ませて、食事を奢らせるとかいうやつでもない。
がっぱり開く種類のやつだ。見せられたときは、まず、
「誰?」
と訊ねた。
「ちょっと見せたいものがあるんだ」
と言われたときには、告白かしらんという予想が心のどこかをよぎっていった。でも、ニュートラルに構えることにして、先は考えないことにした。
ほんとはそうするべきじゃない。
なんでもあらかじめ想定しておいたうえで「そんなの考えたこともなかった」って顔をするのが正解なのはわかってる。でもわたしは芝居が下手だし、なにより予測能力が高めであるのだ。驚いたフリはうまくできないし、予想よりもつまらない行動だったら、露骨につまらなさそうな顔をしてしまうに決まっていた。
だからなるべく色んなことに、素で対応することにしている。努力の甲斐あって、ぼんやり型に分類されている。
「きしゃー」
って言う。
喫茶店の机の向こうで、友人の体が、がっぱり開いて、
「今まで、擬態を隠してたんだ」
っていう感じのことを言ってるらしい。周囲では悲鳴が上がって、立ち上がろうとした弾みで椅子を倒してその上に倒れ込んでいる人がいて、逃げ出そうとしたまま腰を抜かしている人がいる。
友人の姿は今や、特撮がどうこうっていうようなレベルを超えていて、ちょっとそれは生き物としてどうなのかというところへ到達している。こんな着ぐるみを用意されても着れないし、それ以前に服飾係が触れることを拒否しそうだ。
でも、気持ち悪いって感じでもない。毒蛾の幼虫にだって美しさがとかいう話ではなく、いやそういう話なのかもしれないが、友人の体はちゃんと機能美を備えていた。あっちの生き物とこっちの生き物をくっつけてみました、みたいなやっつけ感が見当たらない。きっとひとつひとつの突起や凹みに意味があるんだろうって思わせる。なんでそうなったのかはわからなくても、よくつくったな、って感じがする。そこまで色々やらないと、生き延びるのは難しかったんだろうなという感嘆が襲う。
でもちょっとかなり気持ち悪い。
これはあくまでわたし個人の第一印象で、口にする気は無論ない。見慣れるまでには時間がかかるだろうとは思う。
友人はテーブルの向こうで、ぐぎゅるうとかきしゅるうとかもぎゅるうとか音を発しつつ、身振り手振りで必死に何かを言っている。混乱しているようには見えない。
「なにか、こうしなきゃいけない理由があったんだね」
とわたしは問う。
あえてこんな、人の多いところで急に姿を変えなきゃいけない理由があって、姿が変わるとどうやらすぐには戻せなくて、人語を発したり、文字を書いたりできなくなるような事情がきっとあったはずだとわたしは思う。だってそうあるべきだろう。
でもわたしのその問いに友人は一瞬、動きを止める。
これはあれで、友人は、別にそんなことは考えていなかったのだ。言葉にすれば、
「しまった」
っていうことになる。
「今、しまった、って思ったでしょ」
とわたしは言い、友人は激しく体を揺さぶる。
するとこいつは本当に何も考えず、白昼、喫茶店の真ん中で自分の擬態を告白するという行為に出たのだ。一体どういう段取りなのか、確かにそういうことをいちいち考えたりはしない友人だった。
勿論、外からはパトカーのサイレンが近づいてくる。
友人の動きは露骨に動揺したものに変わる。こうしかならないはずなのに、友人にはなぜかこの未来が見えてはいなかったのだ。
友人の目だったものや、どうやら本来の目だったらしきものが、助けを求めるようにわたしを見つめる。
こうなればもう、言葉が通じているもほとんど同じだなとわたしは思う。
「いやさな」
とわたしは言う。
これって一体、どうしたらいい。実はわたしの姿も擬態で、二人は別々の星から来た異星人だったのだとかそういう話か。あるいはそのバリエーションとして、わたしの中の何かが急に目覚めたりするとかそういう。
わたしは自分の覚醒の瞬間を待ってみるものの、変化が訪れる気配はない。鞄の中に突然拳銃が現れたり、頭の中に何かを命じる声が響いたりもしない。
「いくよ」
とわたしはテーブルの向こうで不思議な踊りを続けている友人へ向け手を差し伸べる。友人がおずおずと、手を差し伸べてくる。実はそこが手だったのだと、わたしは今まで想像したこともなかった。
「走るよ」
と声をかけ、返事は待たずにその手を握り、厨房の勝手口へと向かう。友人はしきりに泣き笑いのような音を立てている。よくわからない形なのに足は速い。なにかいろいろ掻き口説いてくる。
「黙って」とわたしは言う。「話は全部あとできくから」
その話の内容をわたしは色々予想してみる。どんな内容であったとしたって、そのお話は、これまで聞いたことのないものになるに違いなかった。
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