07: 羽降る日には
ビルの天辺でゆっくりと羽ばたいていた巨大な翼がようやくその動きを止めるのを合図に、街に静かに羽が降りだす。
東西を川に縁取られ、南北に長く延びる島は背の高いビルたちで埋め尽くされているのだが、白色の羽毛に包まれたそのビルの姿は際立っていた。ビルのあらゆる構成要素からは羽が生え、底に黄色いタクシーの流れるビル群を渡る風に揺られていた。
羽はもはや力なく、一枚、二枚、一万枚、二万枚と壁面を離れ、ただの羽毛として飛ばされていく。道に積もる羽を掃除人たちが箒で掻き集めていく。トラックに積まれ、島の外へ運ばれていく。
新築のビルの扉が開け放たれると、そこは羽で満たされている。雪崩れるように道へ溢れる。作業服を着た子供たちが、両手でプラスチック製のスコップを構え、羽の山へ突撃していく。雪の中でじゃれ合うように、どの顔も笑みを浮かべている。
身の丈をはるかに超える羽の山に突撃し、思い思いのやりかたで羽をビルから掻きだしていく。羽の中にトンネルを掘り、元きた道をどんどん気にせず埋めながら進む。階段を掘り出しながら、ひたすらビルの頂上を目指す。かき氷ほどの手応えもない羽の山を突き崩すのは容易いが、天を摩すビルの頂上へ辿りつくには、それでも一昼夜がかかる。
ビルの頂上には、大きな翼を二枚生やしたポールが立ち、子供たちはその前で祈りを捧げる。年長の子供が器用にポールへ登っていって、小さな斧を、翼とポールの間へ打ち込んでいく。
翼が二枚切り落とされると、子供たちは歓声を上げ、拳を空へ突き上げる。
それから一つの流れになって、今度はエレベーターシャフトへ向けた道を切り開いていく。垂直に続くエレベーターシャフトはやはり羽でいっぱいで、子供たちはその羽の上に次々とためらいもなく跳び降りていく。
羽は最初、子供たちの体重を支えることは叶わずに、ただただひたすら押しつぶされる。押しつぶされて、ほんのわずかに体を押し返す。子供たちの落下速度はゆっくり低下し、やがて羽でできたクッションの上に着地する。子供たちはその上で跳ねまわり、羽はどんどん踏み固められていく。固めた羽をまたスコップで掘り返していく。やがてエレベーターホールへの出口が見つかる。
ビルの中は細い通路でいっぱいで、子供たちはその通路を行き来して遊ぶ。
部屋のドアを開けるたび、羽の山が現れて、子供たちは羽をエレベーターホールまで運んでいっては下へと落とす。やがて、ビルの中の羽は取り除かれる。
厳粛な顔をした大人の作業員たちがやってきて、空っぽになったシャフトの中で、頑丈な籠を組み立てていく。そのカゴはラプンツェルに食糧を届ける籠を連想させる。シャフトの上から髪を撚り合わせてつくったロープが下ろされ、籠に結びつけられる。
武骨な工具を構えた作業員たちが現れて、ビルのあちらこちらを削りはじめる。壁を廊下を天井をどんどん平らに整えていく。水平をつくり、垂直をつくり、直角をつくる。ときに大胆に壁を取り去り、部屋と部屋とを結合する。
大人たちの顔はどれも険しい。
ビルの外壁に何条もロープが掛けられ、作業員たちが壁を垂直に切り立たせていく。
粗削りが終わると、今度は穴や溝を埋める係が現れ、必要のない空隙や、余分な扉を塗りこめていく。
内も外もビルは綺麗に磨かれていく。角がわずかに丸められ、部材の組み合わせは指示に合わせて塗り込められたり、あえて強調されたりする。
島に向かう貨物船には今日も、羽の生えた部材が満載されている。
海の向こうの大陸から、それらの部材はやってくる。
ビルの天辺に据えられた巨大なポールは、かつてこの島に運んでこられた部材の中で最も大きなものであり、建設会社はそのために、特別な貨物船を用意したのだという。
部材たちはまるで意思なきものであるかのように、作業員たちに指示された場所へ飛び立ち、従順に積み重なっていく。巨大なビルがたちまちのうちに積み上げられ、そうして天辺に据える大木の到達を待った。
二枚の翼を備えたポールは、港に着いた貨物船の上から直接飛び立ち、ビルの上へと降り立った。部材たちは互いに結びつきあい、活動を維持しようとするが、その試みは設計段階で阻止されている。それでもたまには、うかつな設計士の手になる建築物が、周囲をなぎ倒して歩き出す事故が見られる。
ビルの全身に神経が、水道管がガス管が通信路が行き渡るようにつくられており、完成すると同時に活動を停止するように組み合わされる。
今回は、ポールの翼の羽ばたきが止まることで、完成を知らせるように設計された。
活動の停止とともに、部材たちの羽は力を失い、街には羽があふれていく。
羽は街の風物詩である。
建築の季節が訪れると、街は羽に包まれる。
どこからともなく現れた観光客の群れが、羽の降る空を見上げ続ける。
街の人々は無論、そうした観光客を疎ましく考えている。
自らの街が死体で作られていることを繰り返し示すその羽に、憎しみに近い感情を覚えている。
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