03: 王様の地図
ふつう、地図とはとても小さなものであるとされます。
やたらと大きく、見尽くすことなどできないものを、一目で見てとれるようにしてくれる魔法なのです。
となりの国へ遊びに行ったときのこと、王様ははじめて地図というものを見せられました。となりの国はそれはそれは大きな国で、端から端まで走ることさえ難しく、遠くの場所では三代前の王様が出したお触れが、まだ届かずにいるほどなのです。
でもそんな王国でさえ、地図にしてしまえばほんのハンカチほどの大きさの中に収まってしまいます。地図の中ではその王国はハート型に描かれていて、動脈や静脈のように川が何本も走っていました。
「なんて素敵な地図なのだろう」と王様は声をあげ、
「地図はなんて素敵なのだろう」と言い直しました。
地図の中には王様の国もあるはずでしたが、顔を寄せてもみつかりません。王様はとなりの国の王様に自分の国の場所を訊ねてみました。
「君の国は、となりにあるに決まっているさ」と、となりの国の王様は言い、二人は額を寄せ合って、その王国を探すのですがみつかりません。
となりの国の王様はひどく怒りはじめて、地図の係を呼びつけました。
「おい、ここにはこの、小さな国の王様の国が描いていないぞ」
地図係はびっくりして地図を受け取ると、ハンカチみたいな地図に顔を近づけ、ひっくりかえして太陽にかざし、あちらこちらと王様の国を探してみました。でも、どうしてもみつかりません。
「小さな国の王様の国を見つけられなければ、お前の首を刎ねてしまうぞ」と、となりの国の王様は言います。
「これは困った」
と地図係は魔法使いに助けを求めます。
「すみません、わたしは正確な地図をつくったのですが、この小さな国の王様の国がどこにもみあたらないのです」
魔法使いは歳をとり、目もあまり見えなくなっていました。魔法使いは地図を受け取ろうともせずに、
「それは本当に正確な地図なのかい」
と訊ねました。
「それはもう、ぴったり正確な地図なので、描かれていないものはないくらいです」
と地図係は胸を張って答えました。
「それはまあ」と魔法使いが問い返します。「山や川や地名は正確だとしても、お城や灯台なんかはどうかな」
「もちろん、とても正確です」
「では、畑や井戸、人々の暮らす家はどうかな」
「もちろん、とても正確です」
「では、猫や犬の家はどうかな」
魔法使いがそう訊ねると、地図係は言葉を止めて考え込みました。
「それは──それはちょっと、地図には載っていないようです」
「それが答えじゃ」と魔法使いは言いました。
王様の国はその地図に載せるには、あまりに小さすぎたのです。王様の国の領土は、地図の描かれた布を織る糸と糸の間に落っこちてしまうほどの大きさでした。
それでもやっぱり王様は、素敵な地図を忘れることができません。あのままでも素晴らしいのに、あれが自分の国を描いたものだったならどういうことになるでしょう。王様の胸はドキドキし続け、眠ることさえできません。
王様は自分の魔法使いを呼んで、その日の出来事を全部話してきかせました。
「わたしも地図が欲しいのだ」
「わかりました」と魔法使いは言いました。「別段、地図は、国よりも小さくなくてはいけないという法はないのです」と答えたのです。
次の日から魔法使いは、王国の地図をつくりはじめました。
まず中庭に、ボールを一つ置きました。
「それはなにかね」と王様は訊ね、
「電子みたいなものです」と魔法使いは答えました。「魔法でつくりだした電子です」
魔法使いの作った地図は巨大なもので、電子ひとつがボール一個分くらいの大きさを持っていました。実際の王国の百倍の百倍の百倍よりももっともっと、想像が追いつかないくらい、大きな地図を作ったのです。
「素晴らしい」と王様は言いました。「いまだかつてこれほど壮大な地図を持った王様はいないであろう」
王様の地図はとなりの王様の国よりもはるかにずっとずっと大きなもので、一目で見渡すこともできないようなものでした。
「でもしかし」と王様は魔法使いに訊ねます。「この地図の隙間には、一体なにがあるのだね」
「隙間とは」と魔法使いは訊ねました。
「お前は、もともとの世界を拡大した地図をつくったのだから、電子と電子の間には余分な隙間ができたわけだろう」
王様は、ピクセルで描かれた絵を拡大すると、ブツブツしたりギザギザしたりするのを思い出しながらそう訊ねました。
「王様」と魔法使いは説明します。「残念ながら物理法則とはそのようにスケールされるものではありません。わたしたちが、今こうして立っている場所こそが、今は地図の隙間なのです」
魔法使いは空を指差し、そこにはうっすら、格子のような模様を浮かべる雲が並んでいました。
「あの線が」と魔法使いは言いました。「地図の繊維であるわけなのです」
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