第28話 明美の暴走

<ねぇ>思わず、そんな声を掛けてしまう歩。楽しそうな明美の雰囲気に、笑みを浮かべている。

「明美さん、聞きたい事あるんやけど、聞いてもいい。」

「何よ、改まって、怖いなぁ。」

そんな歩の言葉に、少し身構えてしまう。

この一週間、省吾との仲つづましい場面を目にしてきた。この二人の出会いに興味が湧いてきた。自分が経験していない恋になる出会いを、どうしても気になり、言葉にしてしまう。興味本位、歩の年頃であれば、気になってしまう事。

「省吾さんと、どうやって出会ったん。」

食器を片づけている明美の動きが、止まるのを目にする歩。

「何、言い出すかと思えば…別に、普通よ。普通。」

(普通)と云う言葉を、強調をする明美の耳が、赤くなるのがわかる。

「いいじゃないですか。二人が、どうやって出会って、付き合う事になったのか、知りたいんです。」

「そんな、恥ずかしいよ。それに、そんなこと話したら、省吾に怒られるよ。」

食い下がる歩に、そんな言葉であしらおうとするが、歩の口は止まらない。

「省吾さんには、もちろん、黙っとくし、お願いだから、ねぇ!」

両手を合わせて、懇願する歩に対して、片付けが終わった明美が振り向く。

「どうしても、聞きたい。」<うん>

 「本当に、省吾に話さない。」<うん、約束する>

 「わかった。じゃあ…」

 そんな言葉を発しながら、腰巻のエプロンで手を拭き、目の前の椅子に座る明美。少し照れながら、ゆったりと、話しを始める。

 興味津々で、両肘をテーブルに付いて、前屈みになっている歩。

 「私が入社して、間が無かったから、五年位前になるのかな。まだ、新人で仕事にも慣れていなかったし、緊張もしてもしていたから、毎日毎日、大変だったのね。そんな時、上司から頼まれていた書類をタクシーに置き忘れた事があったのよ。私ね、タクシーで寝入ってしまって、目的地について、慌てて降りた時、ある男性とぶつかったの。」

 「それが、省吾さん、何だ。」

 明美の話しの途中、そんな言葉を入れる歩。軽く、睨まれた。

 「歩君、そうなんだけど、まだ、話の途中よ。」

 <ごめんなさい>思わず、身を縮めてしまう。明美は、嫌々、話しを始めたのだろうが、目つきが真剣になっていた。

 「いいけど…話し、続けるよ。それで、ぶつかった時、目が合ったのね。別に、何とも思わなかったんだけど、そのまま、私の乗ってきたタクシーに乗っていったのは、目に入ったの。しばらく、なんとなく、歩いていたら、手に持っていた書類がない事に気づいたわけよ。その後は、もう大変よ。先方に届ける筈の書類がないわけじゃん。タクシー会社に電話して、先方に頭を下げまくって、上司からは、電話でカミナリを喰らって…とにかく、後日届ける事で落ち着いたんだけど、落ち込んでさぁ。肩を落として、会社に戻ったのよ。会社の前で、ある男性と連れ違ったのね。その男性が、タクシーから降りた時の男性だったわけよ。私、目が合っただけだけど、なんとなく、覚えていて、瞬発的に声をかけていたの。」

 ノリノリで話しを続ける。いつの間にか、照れていた明美は、どこかにいってしまっていた。

 「タクシー会社に電話して、ないって言われたし、もしかしたら、私の後に乗った目の前の男性が、持っていると思ったんだろうね。声かけたら、<今、受付に渡しました>って言うじゃないの。私、走ったわよ。受付で、書類を手に取った時の感動といったら…」

 「それで、お礼をする為に、省吾さんの連絡先を聞いて、付き合う事になったんやね。」

 “ギロリ!”今度は、モロに睨まれる。省吾との出会いを思い出し、興奮をしている明美。完璧に、自分の世界に入ってしまっている。軽く、出会い話を聞きたいと、切り出した自分に後悔をする歩。

 「もう、歩君、まだまだ話の途中なんだから、これからいい所なの。」

 <はい、わかりました>ますます、身を縮めてしまう歩。明美の睨みに、負けている。

 「いい、そのあと、お礼を言いたくて、その男性を追いかけるんだけど、もういなかったのよ。その場は、それで終わるんだけど…そんな事があった事も忘れてしまっていた頃、会社が主催する小説の新人賞で再会する事になるのよ。私は、たまたま、会社の応援部隊で、手伝いに出向いていたんだけど、省吾が、新人賞を取った当人で、これって、運命よね。そう思わない歩君!だって、私がタクシーに忘れた書類を届けてくれた人が、私の会社の小説の新人賞を取るなんて…たまたま、会場にいた私と再会するなんて、奇跡でしょ。絶対に運命よ。そうでしょ。歩君!」

 明美の興奮は、頂点に達していた。ただの偶然が重なりあっただけの話であるのだが、明美の中では、完璧に美化されている。

 「へぇー、すごいですね。そんな偶然があるやね。それから、どうしたの。」

 話しを振ってしまった立場から、明美の話しに、最後までに付き合ってやる。気持ちの中では、もう半分ほど冷めてしまっている歩。

 「それからは、私の方から、猛アピールよ。自分でも、信じられないぐらい、積極的に攻めたわよ。」

 何か、明美の言葉に納得してしまう。一週間前の、あの明美の姿を見ていたからであろう。そんな明美との会話が、一時間ぐらい続いた。楽しそうに話をしてくれる明美を見ていると、自然と笑顔になっていた。

 <お姉さんがいたら、こんな感じなのかなぁ>そんな事を思ってしまうほど、明美との会話が楽しかった。

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