第25話 遅刻 緊張
その日の夕方。カオルの店には、蘭子が着物を着て、姿を見せていた。もうすぐで、約束の午後五時になる。扇子を激しく仰ぎ、イライラしている様子。
「オネぇさん、遅いんじゃないの。」
亨の姿も、省吾の姿もない。蘭子のイライラ加減は、ピークに達していた。
「おネエさん、私、もうお店に行かなきゃいけないんですけど…」
「何、言ってんだか。まだまだ、時間、あるでしょ。」
カオルが、嫌味の一つでも言ってしまう。
「なんですって!」
「すいません、蘭子さん。もう来ると思うんで、もうちょっと、待ってもらいますか。」
そんな言葉を口にして、蘭子に謝りを入れている最中に、店の扉が開いた。一斉に扉に注目をする三人。
<あの…>三人の視線に、思わず、言葉が止まってしまう。扉を開いたのは、亨であった。
「もしかして、亨さんですか。」
歩は、そんな言葉を掛けて、駆け寄っていく。
亨の視界には、明らかにオカマの姿の二人が映っている。省吾から、新宿二丁目のこの店に来いと言われた。もしかしたらと云うのはあったが、そのもしかしたらという考えが当たってしまっていた。
「あの、ここって、合っていますよね。」
駆け寄ってきた歩に、そんな言葉を口にする。目の前の歩だけは、女性だと、思っている様である。
「省吾さんの友達の亨さんですよね。」
亨の表情が、不安に満ちた顔になっていたのだろう。歩は、改めて、そんな言葉を口にした。
「はい、そうです、間違っていませんよ。省吾さんも、もう…」
店の入り口付近で、そんな言葉を口にする歩の視界に、省吾の姿が映った。
「あぁっ、きたきた、省吾さん。」
歩のそんな言葉に、亨は振り向く。確かに、省吾の姿が、視界に入る。その瞬間、安堵の表情を浮かべていた。
「悪い、遅くなってもうた。」
省吾の視界にも、亨と歩の姿が入った。駆け足になり、店に近付く。
歩の視界には、省吾の後方に明美の姿も入ってきた。
「省吾さん、明美さん、早く!」
思わず、そんな言葉を発して、手を振ってしまう。歩は、そんな三人を、店の中に招き入れる。やっと、みんな揃った。カオルはカウンター。蘭子は、ソファーに座って扇子を仰いでいる。
「亨さんは、ここに、座ってください。」
蘭子の座っているソファーに、亨を座らせた。
「明美さん、来てくれたんですね。」
歩は、明美の手を取り、そんな言葉を口にする。歩の手に触れた時、緊張で冷たく、震えていた。明美は、自分の手に、力を込め、両手でさすってやる。
「さっきは、ごめんね。省吾から、聞いたよ。頑張ってね。」
明美も、そんな言葉を口にして、笑顔を見せている。亨は、何も聞かされず、蘭子の隣に座らせられたものだから、また、不安そうな表情を浮かべていた。
今から、歩のステージが始まる。亨には、プロの世界でやっていけるのか、品定めしてもらうステージ。蘭子には、もう一段、クオリティーの高いステージに、立てるのかどうかを見てもらうステージ。ある意味、自分の【夢】を、評価してもらうステージが始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます