第24話 ここでも、修羅場Ⅲ?
八月の眩しい日差しの下、爽やかな汗を流した歩が、カオルのマンションのロビーで、オートロックのカメラの前に立つ。
「歩です、カオルさん、開けてください。」
カメラに向かって、元気な声を出している。
ザワ、ザワ、ザワ…
マイクから、揉めているような雑音が聞こえてくる。いつもであれば、<今、開けるわ><ちょっと、待って>、そんな言葉が聞こえて、ロビーの自動ドアが開くのであるが、今日は、無言で開いた。
「あら、誰か、お客様でも、来ているのかな。」
いつもとは違う雰囲気に、思わず、そんな言葉を口にしてしまう。
ソォウと
玄関扉の鍵も開いていた。カオルが迎えてくれる気配もなく、歩は、静かにドアノブを押してみる。
<蘭子、いつから、あんたは、そんな口を聞くようになったのサぁ>
<オネぇさん、私は、常識を言っているだけよ。オネぇさんこそ、どうしたっていうの。そんな大事な事、相談もなく、勝手に決めるなんて、もうろくでもしたのかしら>
廊下の奥のリビングから、そんな言い争うような声が歩の耳に入ってくる。慌てて、靴を脱ぎ、早足で、リビングの扉を開いた。
「どうしたんです。カオルさん。」
リビングに顔を出すと、すぐに、そんな言葉を発して、カオルの姿を探す。歩の視界に、カオルの背中と、先の方に、見知らぬ女性?いや、男性の姿が映し出された。
「歩ちゃん、ちょっと、ごめんね。もうすぐで終わるから、座ってて…」
振り向いたカオルの表情は、今まで、見たことのない怒りの顔になっていた。
「蘭子、あんたね。あの店のオーナーは、私よ。わかってんの。」
歩が、身動き出来ないほどの殺気が、カオルの身体を包んでいた。
「オネぇさん、言わせてもらいますけど、今は、私が、店を取り仕切っているの。」
正面の蘭子という男性も、負けてはいない。カオルの事を睨みつけて、力強く、そんな言葉を言い切る。
「もう、あんたは…いつから、私に、そんな口が聞けるようになったの。」
「私は、間違った事は言ってないわ。店の従業員達は、あの子達はプロなの。お客様を接客する事はもちろん、ステージの上で、踊る事も、芝居、演技をする事を、プロとしてやっているの。お客様に、飽きられないように、毎月、みんなで話し合って、ショータイムの三十分間を、命をかけてやっているの。なのに、十七歳のガキに、ショーで、ステージで、歌わせるからって、何よ。オネぇさん、みんなを馬鹿にしているの。もう、八月のショーの日程、内容は決まっているし、変更はしません。」
ハッと思う歩。私の事で、この二人は揉めている。カオルが、もう一つの店で歌わせてくれると、約束してくれた。
「だから、言っているじゃないの。十五分でいいのよ。毎日じゃなくてもいいの、週二日でも三日でも、ショーの流れがあるのかもしれない。でも、絶対に邪魔にはならないって言っているじゃないの。」
歩は、突然立ち上がり、蘭子の目の前に、身体を移動する。
「初めまして、宮本歩といいます。」
自己紹介をしたかと思ったら、深々と頭を下げる。本日、二回目である。
「私の演奏を、聴いてもらえませんか。今日、丁度、カオルママの店で、ある人の前で、演奏をする事になっているんです。よかったら、来てもらえませんか。私のステージを見て、判断してください。お願いします。」
カオルと蘭子に、挟まれた状態で、突然の言動。蘭子も、言葉を出せないでいる。
「駄目でしょうか、蘭子さん。カオルママは、私の為に、やってくれた事なんです。蘭子さんの立場であれば、怒るのは当然の事だと思います。どうか、私のステージを見てもらえませんか。」
二人の言い争う内容から、的確に、状況を判断する歩。畳み掛ける様に、こんな言葉を口にして、頭を下げた。
蘭子は、面喰らっている。歩の姿が視界に入った時、(コイツ)だと思っていた。その当人から、急に頭を下げられたのである。嫌味タラタラの言葉を発して、こんな言動をとられてしまった。
「歩ちゃん、こんなブスに、頭を下げる事なんて、ないわよ。」
頭を下げている後方から、カオルが、そんな憎まれ口をたたく。
「カオルさんは、黙っといて、蘭子さんの言う事が正しいんだから、あんまり、無理をいうもんじゃないの。」
カオルの正面に、顔を突き出し、勢いよく、そんな言葉を口にする。歩の言動に、キョトンとしている。まだ、ガキである歩が、カオルに対して、こんな行動をとる。まして、カオルは、何も言わず、手も出ない。なぜか、少し笑みを浮かべている様にも見える。蘭子は、信じがたい光景に、目を疑ってしまう。
「蘭子さん、駄目でしょうか。私のステージを見て、判断してもらえないでしょうか。」
驚いている最中の蘭子に、再度、振り向き、真剣な表情で、蘭子の顔を見つめ出す。瞬きをしない歩の姿が、瞳に映っていた。
「わかったわよ。わかった。じゃあ、そうしましょう。」
そんな言葉しか、出てこない状況に、戸惑っていた。蘭子が、そんな言葉を発した後、何度も、何度も、頭を下げる歩。今の歩は、前を向いていた。生きていく上での目標。【歌い手】になると云う夢が出来た。躊躇なんてしてられない。自分に、プラスになる事であれば、貪欲に喰らいついていく。
蘭子は、そんな歩の姿と見ていたら、興味と云うものが芽生えてくる。しかし、頭を振って、歩の姿を消そうとする。
「本当ですか。ありがとうございます。」
「もういいから、何時頃行けばいいの。」
蘭子は、早くこの場を去りたいと思っている。これ以上いたら、カオルに喧嘩を売りに来た意味がなくなってしまう。
「えぇっと、何時でしたっけ…」
振り向くと、カオルの顔を見る歩。
「五時って、言っていなかったけ。」
「五時で、お願いします。」
カオルの言葉を、そのまま言葉にする。続けて、仲のいい雰囲気の所も見せられる。
「もう、わかったわよ。五時ね。五時に行けばいいのね。」
早く、ここから抜けだしたい蘭子は、そんな言葉を口にして、足早に玄関に向かって歩き出した。
歩は、そんな蘭子の事を追いかける。リビングに、一人取り残されたカオル。
<フぅー>深い溜息をつき、玄関の方を見つめている。蘭子との言い争いをしている最中に、歩が口を挟んできた時から、熱は冷めていた。自然に、歩にまかせようと思っていた。
「カオルさん、無理をさせていたみたいで、すいません。」
蘭子を見送った歩は、慌てて、リビングに顔を出すなり、そんな言葉を口にする。
「別に、無理なんてしてないわよ。いいの、気にしないで…」
「だって、蘭子さん、あんなに、怒っていたし…」
「いいのよ。いつもの事だし…とにかく、歩ちゃんには気を使わせたわね。アップルティーでも飲む。」
そんな言葉を口にして、キッチンの中に入っていく。歩は、今日二度目の喧嘩の仲裁。ソファーにダイブする様に、軽く飛んだ。
<疲れた>思わず、そんな言葉が口から出てくる。本音であろう。
「どうしたの。」
「うん、ちょっと…」
省吾のマンションでの出来事を知らないカオルの言葉に、深くは言葉にしない。
「じゃあ、これ飲んで、夕方の為に、頑張らないとね。」
湯気が立つティーカップを運んでくるカオルに対して、身体を起こす歩。
「そうや、練習しとかないとね。」
そんな言葉を発して、両手で頬を叩く。今日は、色んな事があった。省吾の恋人、明美。カオルの店を任されている蘭子さんとの出会い。疲れたが、二人のある一面を見られた事は、うれしかった。とにかく、カオルが入れてくれたアップルティーを飲んでから、ピアノを弾く事にしよう。自分の【夢】を見つめて、頑張っていこう。
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