第19話 省吾の隠し事
歩が、上京して、十日経つある日の夕刻。慌てて、省吾のマンションに向かう歩の姿。省吾からもらった合い鍵を使い、玄関を勢い良く開けると、慌てて、靴を脱ぎ、リビングに向かおうとする。
「…はい、約束します。必ず…信じてあげてください。」
廊下の付近で、微かに、そんな省吾の声が聞こえてくる。歩は、そんな事など気にせず、リビングに顔を出した。
「省吾さん、聞いて、私ね…」
リビングのソファー付近で、うろうろしながら、携帯に耳を当てている省吾の姿。歩のそんな言葉で、目が合ってしまう。省吾の動きが、一瞬、止まったように見える。慌てて、携帯を両手で押さえて、隠すように、身体をねじった。
「歩、どうした。」
カオルの店を手伝い出してから、この一週間。昼を過ぎると、カオルのマンションに向かう。夕方までの三時間ほど、ピアノを弾かしてもらっている。毎日、二回、ステージに立っている。十五分ほどのステージではあるが、下手なものは聞かせられない。歩は、歩なりに考えて、歌を歌う事を楽しんでいた。
「ねぇ、聞いて、省吾さん、私ね。」
「ごめん、悪いけど、コンビニでタバコ買ってきてくれへんか。」
歩の言葉を最後まで聞かず、そんな言葉を口にする。
「煙草?赤キャビンなら、そこに…」
そんな言葉を発しながら、省吾に近づいてくる歩に、手のひらの面を突き出して、こんな言葉を口にした。
「いや、ショート・ホープが吸いたいねん。悪いけど、買ってきてくれへんか。」
強い口調で、歩に叩きつけると、歩の動きが止まる。
「何よ、そんな言い方せんでも…、買ってくるけど…」
膨れ顔になる歩。ブツブツと呟きながら、省吾に背を向けた。歩には、いの一番で、省吾に聞いてもらいたかった事がある。その為に、急いで戻ってきたのに、この扱いであった。ふと、後ろにいる省吾の事が気になり、ちらりと視線だけを向けると、省吾の後ろ身が、ベランダに向かって歩いていた。
「省吾さん、ショッポで、いいんやね。」
わざと、大声で、そんな言葉を掛けてやる。もう、ベランダの外にいた省吾は、サッシを閉めていた。
よくよく、考えてみれば、歩を追い出すような真似したのか。それは、携帯で話している相手が、歩の父親だからであった。高校二年である歩。十七歳で、家出をしてきた歩。省吾は、歩に黙って、手紙を出していた。住所は、歩の生徒手帳に書いてあったものを書き留めていた。歩を預かる事になったいきさつ、自分の電話番号に携帯の番号。このマンションの住所。自分の想いを言葉にして、手紙に綴った。省吾は、今、父親と闘っていた。赤の他人の省吾の元に、歩がいる。警察に届けられても、しょうがない。誠意を尽くして、父親に語りかけていた。歩の為に、自分がしてやれる事。歩の為に、今、大事にしなければいけない事だと思い、父親と闘っていた。
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