第16話 旧友(とあるbarでの再会)

それほど人通りがない、原宿の裏通り。雑居ビルの地下にあるbar。カウンターに座る二人の後ろ身。省吾の隣には、この季節に、革ジャンを着た、ギターケースを立て架けている男性がいる。

「とりあえず、お疲れ。」

そんな言葉を発して、静かに、グラスを重ね合わせた。二人は、手に持つグラスを、ゆっくりと、口に運ぶ。

「悪いな、亨、急に、呼び出して…」

「お前の急は、今に、始まったことじゃねぇし…」

「ハハハ…そうやな。」

亨は、省吾の古い顔見知りである。

「一年振りか。」

「そうやな。お前の嫁さんが、娘さんを出産して以来か。」

「あの時も、急に、病院に来たんだよな。可愛い彼女連れて…」

「そうやったかな。でも、一回りも年下の嫁さんと、でき婚って、どうよ。」

「それは、言うなよ。省吾よ、恥ずかしいだろ。」

二人は、グラスを傾けながら、そんな会話をしている。亨とは、もう長い付き合いになる。省吾が、関東に出てきてだから、十五年以上の付き合いであった。

「どうやねん、結婚生活は…」

「恥ずかしいが、いいもんだよ。家に帰れば、妻がいて、娘がいるってのは、楽しいものだよ。」

亨は、照れながらも、そんな言葉を口にする。そんな亨の姿を、素直に、喜んでいる省吾がいた。

「ところで、お前の方は、どうなんよ。あの彼女とは…」

そんな言葉で、ニヤケていた省吾の表情が、沈んでいく。

「あァ…二カ月ぐらいは、逢ってないかな。」

物が奥歯に挟まったように、言いにくそうに言葉にする。

「別れたのか。」

「確かに、お前は、昔から、結婚願望なんてなかったもんな。お前も、年なんだから、そんなに意固地にならなくてもいいんじゃないか。結婚も、いいもんだぜ。」

正面を向いて、一言も発しようとしない省吾の姿が、視界に入る。長い付き合いである。この状態になれば、会話の進展がないという事はわかる。亨は、気を使い、話題を変える。

「で、何なんだ。今日は…こんな話をする為に、呼び出したんじゃないだろ。」

そんな亨の言葉で、本来の目的を、思い出す。亨とは、音楽をしていた時のバンドメンバー。三人いて、亨だけが、現在も、音楽で飯を食っている。つまり、プロのミュージシャンである。

「そう、そうやねん。お前に、逢ってもらいたい人間がおんねん。」

そんな省吾の言葉に、ポカーンとする亨がいた。想像をしていた頼み事と違う。

「俺に、逢わせたい人間って…さっきの話からして、彼女ってわけじゃないだろうし…何!」

亨の頭の中で、色んな妄想が駆け巡る。そんな中、省吾は言葉を続ける。

「そいつは、歩っていう子なんやけど、プロの目から見て、将来性があるかどうか、見てもらいたいんよ。俺は、才能があると、思ってんねん。まぁ、俺が、思っていてもしゃあないやん。俺は、プロではないんやし、分野外と云うか、プロのお前に…」

省吾の話の途中に、亨が、両手を上げて話を止める。

「ちょっ、ちょっと、待て、省吾…何、お前、スカウトにでも、なったんか。逢わせたい人間って、歌手を目指していて、俺に品定めをしてほしいっていうわけか。」

亨は、省吾の言っている事が、理解できなかった。基本、省吾が、こんな話をする事は、おかしい。人の為に、何かをするという考えがない人間である。冷たい人間に、思われそうであるが、個人主義と云うか、実力主義と云うか。省吾本人も、そうやって生きてきた。軽いおせっかい焼きな所はある。しかし、それは、相談レベルであって、自分の人脈を使うとか、コネを使うという事を、一番嫌う男である。【人脈も、コネもないのであれば、そこから、這い上がれ!】と云うタイプであった。

「いや、平たく言えば…でも、歩が、歌い手になりたいというのは、まだ、聞いていないんやけどな。」

「ちょっ、ちょい、まて…」

ますます、省吾の言葉に、混乱をする亨。

「まあ、逢うという事は、お前との仲だから、いいとしようよ。何、その歩!歩って子は、歌手になりたいだの、プロになりたいだの、言ってないって言うのか。」

「そうやで…」

亨は、こいつは、本当に物書きなのが、疑ってしまう。全く、理解できない。

「待てよ。プロになりたいと言っていない子に、なんで、俺が、逢って、品定めをしなくきゃいけないんだ。」

「俺が、本物だと、思うからや…」

亨は、歩との経緯を知らない。確かに、その亨に、この省吾の会話は理解できない。

「お前、何、言っているんだ。」

亨は、そんな言葉でさじを投げた。本当のお手上げ状態である。

「だからな、お前に、逢ってもらいたいねん。歩に…あっ…」

やっと、気づいた。亨に、歩との経緯を話していなかった事に…省吾の中では、話は繋がっているし、亨に逢わせたい気持ちも繋がっていた。それだけ、歩の為に自分がしてやれる事への想いが、強く働いていたのだろう。

「ごめん、そうやんなぁ。何言っているか、わからんわなぁ。ごめん、亨、一から、話すな…」

そんな言葉を発して、省吾は、とりあえず、バーテンに、亨の分も、同じものを注文する。この四日間の出来事を、話し始める。自分の中で変わっていったものを含めて、十五年来の友である亨に、静かに話しを始めた。


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