第15話 余韻(仮・親子の団欒)
二人の笑い声が、店の外まで、聞こえている。カオルからの買い物を頼まれた歩は、扉のドアノブに手をかけた時、二人の楽しそうな、笑い声が耳に届いていた。
「何、楽しそうに、笑っているんですか。お二人さんは…」
省吾の後方から、歩の声が聞こえてくる。
「あっ、お帰り、ありがとうね。」
そんな言葉を発して、視線を歩に向ける。足早に、省吾の隣の位置から、カウンター越しから、買い物袋を手渡す歩。自然と、視線を、歩に向ける省吾。一瞬にして、目が点になってしまう。
「ママ、これ、後、お釣りも…」
カウンターに手をつき、体重を預けて、斜めの姿。自分の目を疑ってしまう省吾。白いワンピース姿の歩に驚き、思わず、息をのんでしまう。歩の全身を見る様に、視線を上下させていた。
<歩。お前…>思わず、そんな言葉を発してしまう。歩も、視線を省吾に向けた。
「そんなに、驚かないで下さいよ。おかしいですか。」
「どうよ。省吾。綺麗でしょ。」
そんなカオルの言葉に頷きたいが、驚きすぎて、思考回路がついていかない。
「カオルママに、コーディネートしてもらったねん。」
頬が、小梅色に染まっている。そんな歩の顔を、まじまじと見つめてみれば、化粧までしている。
「歩、化粧まで、しているのか。」
またまた、言葉に出してしまう省吾。カウンター内から、そんな省吾の言動を見つめていたカオル。
「ファンデーションと、口紅だけよ。一様、客商売だからね。」
そんな言葉を入れる。省吾は、重心を後ろに反らして、はにかんでいる歩の全身を、視界に入れる。
『化けたなぁ。』
しみじみと、そんな言葉を口にする。不細工な女が、化粧をして、綺麗になったと云う意味ではなく、元々、歩に女性を感じていたものが、確実に女性になってしまったという意味である。
「なんて事言ううん。人を、化けものみたいに、言わんといて…」
女性の姿にならなくても、魅入られるほどの容姿。目の前の姿のまま、街中を歩いていたら、絶対に声を掛けられるであろう。
歩は、そんな省吾の言葉に膨れてしまう。そっぽを向いたまま、カオルのいるカウンター内に入っていく。
「ママ、私、考えたんやけど、お摘みのメニュー、洋も入れた方がいいと思うねん。」
昨日まで、ヨソヨソしさが無くなっていた。歩の中で、何かが変わっていた。そんな事を思う省吾は、あえて、言葉を発しなかった。
「カマンベールチーズのフライなんてどうやろ。ブルーベリーのジャムをかけて、食べるんやけど、めっちゃ、おいしいよ。」
カオルに、そんな言葉を掛けている。楽しそうと云うか、生き生きとしている。
「ママ、今から作ってもいい。」
「えぇー、大丈夫、料理できるの。」
「大丈夫やって、私、結構、自信あるんやから…」
<そう>カオルも、生き生きとした歩の姿を見るのは、楽しい。やる気を出している事をいい事である。断る理由もない。
歩は、そんなカオルの言葉を聞いて、勢いよく、腕まくりをする。
「よぉし、作るぞ。味見役もいるしね。」
省吾の顔を見て、にこりと微笑む。
「おいおい、毒見役が、俺は…」
「また、そんないけず、言う。」
そんな言葉を口にして、膨れる歩。カオルと省吾は、笑い声を上げている。楽しい空気が流れている。本当の【親子】の風景に見える。
「歩、今日、ステージに立つんやろ。」
<うん>手を動かしながら、省吾の問いかけに、言葉を返す。
「歌、楽しいか。」
続けて、そんな問いかけをする。昨日、歩の歌を聞いてから、考えていた事。歩の為に、自分がしてやれる事。
「何です、急に…」
「いいから、答えろよ。」
「楽しいから、ステージに上がる事に、OKしたんだと思います。昨日、ママに頼まれた時は、どうしようと思ったけど、やってみようって…」
ハラハラしながら、歩の手元を見ていたカオル。
「二つ返事だったわよ。歩ちゃん…大丈夫、歩ちゃん、ちょっと、包丁…」
「そうか。楽しいのか…」
カウンター内で、わさわさとしている二人を、見守りながら、意味ありげな言葉を口にする。昨日から、考えていた事を、行動の移そうと決意した。
「じゃあ、俺は、行くわ。後で、また来るから…」
そんな言葉を発して、立ち上がる。
「あれ、省吾さん、毒見役は…」
すぐさま、そんな言葉が返ってくる。省吾は、苦い顔して歩の顔を見つめる。
『嫌じゃぁ。』
吐き捨てる様に、言葉にして背を向けた。
「じゃあ、歌は、私の歌は、聞いてくれへんの。」
「ああ、それまで、時間あるやろ。このまま、居たら、本当に、毒見役にされそうやからな。それまで、外で時間、潰してくるわ。」
「もう…あっ、省吾さん、今日、省吾さんの所に、帰るからね。」
扉のドアノブに手を掛けようとした時、そんな歩の言葉が聞こえてくる。
<ああ、わかった>省吾は、ぶっきら棒に言葉を発して、店の外に出る。当たり前のように口にした、歩の言葉が、耳の奥でこだましている。思わず、その場で、小さなガッツポーズをしていた。自転車を脇に押しながら、表情が緩んでいく。一回りに以上も、年下の歩に、頼られているという実感が心地よかった。
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