第12話 豪華すぎるマンション カオル宅
新宿に姿を見せる二人は、あるマンションの前で、茫然と立ち竦んでいた。
「ここなん、省吾さん…」
「あぁ、住所は、間違いないやけどな。」
余りにも、豪華すぎるマンションを目にして、口を開けたまま。ポカーンとしてしまう。
「省吾さん、来た事ないん。」
「あるわけ、ないやろ。」
こんな所で、立っていても仕方がない。とにかく、足を進める事にする二人。オートロックで、部屋番号を押してみる。
「・・・省吾ね。今、開けるから…」
しばらくしてから、スピーカーから、カオルの声が、間違いない。自動ドアが開き、足を進める二人。少し、緊張をしている。歩は、省吾が住むマンションにも驚いたが、桁違いの驚きに、襲われていた。省吾も、歩と同じであった。まさか、こんなにも凄い所に住んでいるとは、思ってもいなかった。エレベーターで、最上階へ、部屋の前、チャイムを鳴らし、カオルが出てくるのを待つ。
「あら、歩君、来てくれたのね。早く、入って、ほら、ほら…」
目の前にいる省吾の事を無視して、歩に、そんな言葉を掛ける。今の省吾には、そんなカオルの態度よりも、カオルが、こんなすごいマンションに住んでいるのかが、気になっていた。
「おい、なんで、こんないいとこに、住んでいるんや。」
歩を先に行かせ、その後に続こうとするカオルの腕を掴んで、耳元で、そんな言葉を口にしてしまう。カオルは、笑みを見せて、こんな言葉を返した。
「おかまバーの経営と、株を少々…あっ、鍵、掛けといてね。」
そんな言葉を残して、歩の背中を押して、広いリビングに連れて行く。キッチンと合わせて、二十畳ぐらいはあるか。リビングのど真ん中に白いグランドピアノが、真っ先に目が付く。革張りのソファーに、高そうな家具が見える。そして、甘い香りが立ち込めている。アロマ、お香なのだろうか。
「ほら、緊張してないで、座って、今、紅茶でも入れるから、ミルクティーでいいね。」
そんな言葉を発して、部屋の広さ、豪華さに、どうしていいのかわからない歩を、無理やり座らせて、キッチンの方に向かうカオル。その後に、キョロキョロしながら、リビングに、姿を見せる省吾。
「ほら、省吾も、座りなさい。」
キッチンの奥から、省吾の姿を見て、そんな言葉を掛ける。
時間にして、数分ぐらいだと思う。アンチック調のティーポットと、ティーカップが、二人の前に置かれた。カオルは、二人の目の前で、ミルクティーをカップに注いだ。何とも言えない香りが、舞い上がってくる。
「はい、どうぞ…」
そんな言葉を発して、カップを、二人の前に差し出すカオル。
「さて、本題に入りましょうか。」
そんなカオルの言葉で、二人は、本来の目的に気づいた。余りにも、想像していなかった、カオルの暮らしぶり。あまりの豪華さに、本来の目的を忘れてしまっていた。
「歩君、話して…」
背筋を伸ばし、聞く体勢を作る。周りの空気が、一気に重たくなっていった。歩は、これまでの経緯を、言葉にする。恩師が亡くなり、そのお通夜から帰り、父親に殴られて、家を飛び出てきた事。一日中、東京の街を歩き回っていた事。公園で、カオルに助けられるまでの事を、全て話した。もちろん、子供頃から、悩み、苦しんでいた【性同一性障害】の事を、言葉にする。
甘い香りの空間に、煙草の匂いが混じる。カオルは、煙草に火をつけて、一呼吸を置いていた。
「で、歩君は、どうしたいの。」
省吾と、同じ言葉を口にする。
…
「歩君、答えなんて、ないのよ。歩君が、何がしたいのかが、大事なの。私も、省吾も、歩君を、応援する事ぐらいしかできないの。わかる。」
カオルは、諭すように、そんな言葉を口にする。省吾が、同じ言葉を口にしても、カオルの様に、重たくはならないでだろう。
<…>カオルの言葉を受け止めて、真剣に考え始める歩。省吾は、黙って、歩を見つめていた。今は、そんな事しか出来ないでいた。
「ママ、ママの店で、働くって事は、無理ですか。」
歩が、そんな言葉を口にした。考えてみれば、こっちの世界には、全く触れていない。もちろん、自分の周りにはなかった世界。
「…ふぅん、それは…」
カオルも、考え込んでしまう。未成年である歩に…すぐには、言葉を返せないでいた。
「駄目ですか。」
「じゃあ、歩君。あなたは、私のいる世界で、生きたいの。水商売なのよ。先なんて、全く、見えないのよ。」
歩の事を見つめて、そんな言葉を口にする。カオルの本音は、こっちの世界で、生きてほしくはない。こっちの世界の苦労は、一番分かっているのは、カオル自身なのである。
「それは…、わからないです。でも、触れなくては、いけない様な気がするんです。省吾さんが、(自分の生き方)という事を言ってくれました。(私の生き方)を見つけるには、避けてはいけない様な気がするんです。お願いします。」
歩は、真剣に考えていた。今まで、自分の殻に閉じこもっていた。前を向いて、歩く事をしなかった。生まれて、初めて、前を向く事が出来た。二人のおかげで、先を考える事が出来た。
「歩君、性同一性障害だからって、こっちの世界に来なくてもいいのよ。自分を理解してくれる人がいるなら、一般社会でも、暮らしていけると思うの。それでも、こっちに来る。」
カオルは、そんな言葉を口にして、歩を見つめる。
「はい、お願いします。」
歩も、真剣に、カオルの事を見つめている。
「よし、わかった。いいわ。手伝ってもらうわ。でも、歩君、一時的だからね。嫌ならいつでも、言いなさい。わかった。」
「はい。」
「まぁ、歩君の言うことも、理解できるし、じゃあ、仮ってことで、細かい事は、後で決めましょう。それよりも、二人とも、お昼まででしょ。」
そんな言葉を発して、立ち上がる。カオルの本心は、変わっていない。歩に、こっちの世界には、来てほしくはない。しかし、歩の気持ちを汲み取り、いい所で妥協した。
カオルは、二人に背を向けて、キッチンに足を向ける。
「ママ、私、手伝います。」
慌てて、立ち上がり、カオルの背を追いかける歩。広いリビングに、省吾だけが、残された。
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