第4話 おかしな二人と 私

さほど広くない路地。小さな店が、建ち並んでいる。看板は出ていないが、灯りのついている店がある。

「あら、また、あいつめぇ…」

何やら、そんな言葉を口にすると、小走りになり、店のドアに手を掛けていた。

ギャラン、ギャラン!

「カオルママ、鍵を、隠す場所、変えた方が、いいんと、ちゃうん。」

カウンターに座っている男性が、鍵らしき物を、人差し指で廻している。

「省吾、いいとちゃうんじゃぁないでしょ。また、勝手に入って…びっくりするでしょ。」

カオルが、そんな言葉を口にしながら、スタスタと、店の中に入っていく。入り口の所に、取り残される私。

「せっかく、来たのに、店が、締まっているんやもん…」

「省吾、店が、十一時からだって、知っているでしょ。」

「はい、はい…ところで…」

省吾と呼ばれる男性と、目が合ってしまう。少し驚いた表情で、見つめられている。鍵を持っていた手を、私の方に向けて、こんな言葉を発していた。

「ところでじゃない。鍵、返しなさい。あんたは、いつも、いつも…また、書けなくなっただけでしょ。」

そんな言葉を口にして、鍵を奪い取るカオル。

「何やねん。俺を、邪魔者扱いして、俺は、お客様やで…」

「じゃぁ、聞くけど、お客様だからといって、勝手に店のものを、飲んでいいの。」

カウンターに座る省吾の目の前には、ビールの大瓶と、飲みかけのグラスが、置かれている。

「飲み屋に、来たんやから、酒を飲むのは、当たり前やろ。酒は売り物やろ、ちゃうか。」

「この店の物は、私の物なの。お客様を決めるのも、私なの。分かる、省吾…」

喧嘩をしているのか、漫才をしているのか、不思議な空気が、流れいている。私は、そんな二人のやり取りに、ポカーンと、口を開けたままでいた。

完全に、カオルが優勢に、会話が進んでいく中、省吾と、再度目が合ってしまう私。

「カオル、そろそろ、紹介してくれへんかな。彼女を…」

省吾と云う男性は、冗談なのか、私の事を、(彼女)と言っている。何だか、照れてしまう。

「彼女、だって、君、よかったじゃない。」

そんなカオルの言葉で、省吾は、目を細めて、再度、私を見つめていた。省吾の瞳には、綺麗な女の子に映っていた。酒に、酔っているのかもしれない。肩まである黒髪が、印象的な女の子。二、三年先が、楽しみになる、ダイヤモンドの原石が、第一印象である。

<はぁ、はい…>私は、そんな言葉しか出なかった。

「確かに、私も、見間違えたぐらいだからね。」

カオルも、省吾に近い印象を、持っていたみたいである。

「もしかして、男。オ・ト・コ・ノ・コ!てっきり、カオルが、両刀になったのかと…」

カオルは、省吾の顔に近づき、真剣な表情をしている。

「そんな、わけないでしょ。」

そんな言葉の後、二人は、大笑いをしていた。私も、そんな二人につられて、笑みを浮かべる。笑いながら、カウンターの中に入っていくカオル。流しの蛇口をひねり、手を洗っている。

「君、そんな所に、立っていないで、座りなさい。今、何か、作ってあげるから…」

カウンターと、テーブル席が二つある。店の奥の方に、今は使っていないであろう、小さなステージみたいなものがある。私は、四人掛けのテーブルの方に座る。カオルは、冷蔵庫の中身を見て、何を作ろうか、思案しているようである。

「カオル、俺にも…」

「分かっているわよ。ちょっと、待ってなさい。」

<はぁい>省吾は、そんな甘え声を発して、グラスに手を伸ばす。カウンターの椅子を廻し、興味津々の瞳で、私の事を見つめる。

「ほぉ、よう見たら、男の子やね。化粧したら、女の子と、見分けがつかんくなるなぁ。」

<…>私は、黙っている。見つめられて、公園での出来事を、思い出してしまう。身構えて、俯いてしまう。

「カオル、この子に、手を出したら、犯罪やで…」

そんな言葉が、耳に届いてくる。しかし、さっきの嫌な感じはしない。

「何を、言ってんの、省吾。そんな事、するわけないでしょ。」

忙しなく、動いているカオルの姿が、想像できる。

「そら、そうやわな。カオルの趣味とは、ちゃうか。」

「何よ。あんたが、私の、何を知ってんのよ。そんな事ばかり、言っていたら、何も作らないわよ。」

私は、不意に、顔を上げる。省吾は、笑みを浮かべて、こんな言葉を掛けてくる。

「怒られてもうた。顔はあんなんやけど、料理の腕は、確かだから、楽しみに、しときや。」

小声で囁くと、また椅子を廻して、背を向けた。心地良さを、肌で感じ取った。汚い言葉の応酬。喧嘩をしている様ではあるが、何の悪気もない。仲がいいと云うのは、こんな感じを云うのであろう。私は、周りの人間と、一線を置いている。本当の自分を、曝け出せないでいた。自分から、壁を作ってしまう。本当の自分を、曝け出した後が、怖くて、一歩手前で踏み込めないでいた。二人には、そんな壁と云うものがない。私は、初めて、感じている。居心地の良さ、求めているものの全てが、ここにはあった。

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