第3話 誘われる 恐怖

「君、こんな所で、何をしているの。」

 ベンチに座り、夜空を見上げていた私に、そんな言葉を、掛けてくる男性がいた。スーツを着たサラリーマン。

 「無視しないでよ。少し、お話を、しましょうよ。」

 そんな言葉が続き、私の隣に、腰を下ろした。お酒の匂いが、漂ってくる。

 「君みたいな、若いお兄ちゃんが、こんな所で、何をしているのかな。」

 ベンチに、どっしり構えるように座り、そんな言葉を続ける。

 「ねぇ、どうしたの。お話しようよ。」

 ベンチの背に腕を回し、身体ごと、私に近づいてくる。

 「君、家出、してきたじゃないの。今日、泊まるとこ、あるの。」

 身体が、近づいたかと思うと、ベンチの背もたれにあった腕を、私の肩に回してきた。身構えてしまう。そんな私の事など、お構いなしに身体を覆うように、もう一つの手を太ももに当ててきた。

 「何、震えているの。かわいいね。これぐらいで、どうだい。」

 ニタニタするオヤジの顔。手のひらを、大きく開いている。

「よし、決まりだね。早く、ホテルに、行こう。」

 私は、何も言っていない。強張り、身体が動かない。オヤジの腕が、腰に回り、身体を摺り寄せてくる。

 「家出してきて、お金が、いるんだろ。いいから、早く…」

 自分で、勝手に納得して、話を進める。私にとっては、初めての経験。どうしていいのか分からない内に、オヤジの手が、太ももから、股間に伸びてきた。恐怖で、目を力いっぱい閉じて、身体が動かなくなってしまう。肥を出そうとするが、強張って、言葉にならない。戸惑っている状況につけこんでくるオヤジの手が、とんでもない所まで、伸びてくる。その時、私の視界に人影が映る。

 『嫌や!』

 やっとの事で、出てきた言葉。助けを求めた。一瞬、瞳に映った人影の人に、気づかれるように、大きな声で叫んでいた。

 「あんた!こんな所で、何やってんの。」

 そんな言葉が、私の耳に届いた。ベンチの前に、紙袋を抱えた男性が、立っている。

 「あんた、そんな真似してるんじゃないわよ。場所を、わきまえなさい!」

 「いや、私は、何も…この子が、こんな所にいるから、てっきり…」

 サラリーマンのオヤジが、私の身体から、離れていく。

「てっきりだぁ…こんなに、怖がっているじゃないの。見れば、分かるでしょ!」

「いや、私は…」

そんな言葉を発して、足早に、その場から、逃げていくオヤジの姿。

「あんな奴がいるから…全く、もう…」

私は、その場で、身体を丸めて、震えていた。恐怖で、包まれていた感情を、どうしていいのか、分からずにいた。

「怖かったのね。こんなに震えて…でも、あんたも悪いのよ。こんな場所で、こんな時間に…分かるでしょ。」

私を、助けてくれた男性が、しゃがみこみ、そんな言葉を掛けてくれる。

いつの間にか、(新宿二丁目)を、彷徨っていた。目の前にいる男性のおねぇ言葉が、私に安堵感を与える。

「ちょっと、隣、座っていいかなぁ。」

そんな言葉を添えて、隣に座る男性。震える私の肩に、軽く手を置き、こんな言葉を続けた。

「今の今で、話したくはないと思うけど、どうしたの。こんな時間に、こんな場所で…」

私の顔を、覗き込む。

「あっ、そうか、話せないないっか。今、逢ったばかりだもんね。当たり前だよね。」

男性の手が、自分の肩に触れているのに、さっきとは、全く違う感覚。何か、温かいものを感じている。

「仕方がないわよね。家を飛び出してきたのは、確かの様だし、私の店に来なさい。お腹も、空いているだろうし、とにかく、落ち着かないと…ねぇ…」

そんな言葉の後、私の顔を覗き込む薄化粧した顔が、ニコリと微笑む。正直、きれいだとは、思えない笑顔。自然と、身体の力が抜けていく。震えていた身体が、自然と納まってくる。私も、笑みを浮かべていた。

「笑った顔の方が、かわいいじゃないの。よぉし、行くわよ。」

そんな言葉を一緒に、手を引いてくれる。私は、目の前の男性に身体を預けていた。不思議と心が休まる。夜風が、とても気持ちよかった。


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