第十四話 「Изакая(居酒屋)」

藻須区輪亜部新聞社ビルに程近い場所にある


ロシアでは珍しい大衆和食居酒屋。


【怒須都F巣黄居(ドストエフスキイ)】。


「――――チクショウッ!」


"ダンッ!!"


「ちょっと、スーさん....!」


「ウィ~っ....!」


"ダンッ!"


藻須区輪亜部新聞社、支局長、


いや、現在はその役職を日本人である


日朝新聞に在籍する一人の日本人に奪われ、


編集局長へと降格となった


カラシニーコフォ・スサケフスキは


この会社近くの裏路地の一角にある


大衆和食居酒屋、


"怒須都F巣黄居"のカウンターで、


焼酎の入ったグラスを勢いよく


カウンターに叩きつける!


「チョット、スーさん....


 荒れるのも分かるけど


 少し飲みすぎなんじゃないかい...?」


「オクゥワミスワン....」


"トンッ トンッ トンッ トンッ!"


厨房から、小気味の良い


包丁の音が聞こえて来る中、スサケフスキが


今の自分の現状を嘆(なげ)きながら


荒れた様子で安い焼酎を呷っていると、


それを見かねたのか、カウンターの中にいた


この"怒須都F巣黄居"の女将(おかみ)


"増田 明美"


が、スサケフスキを窘(たしな)める


「・・・アンタ、会社であんまり


 うまく行ってないのかも知れないけど、


 そんなにガバガバ焼酎ばっかり飲んでたら


 体に悪いよ」


「・・・ウィ~ッ


 ――――ホットゥォイテクレヨ...」


"ダンッ!"


「あらあら、今日は"ヤケ酒"かね。」


「(・・・・) ウィ~ッ!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ソッチノ、"オデン"モラエルクゥアイ?」


「何だい? まだ飲むのかい?


 ・・・今日は止した方が


 いいんじゃないかい?」


「ウイ~ッ....」


すでに、この大酒飲みの険しい顔つきのロシア人が


この店を訪れてから数時間程。


「ウルセェ、・・・イイカラッ 


 ツミレッ... ツミレダッ」


今夜の酒は、少し酔いに効き過ぎるのか、


どうやら目の前にいるこのロシア人は


かなり酒が回っている様だ...


「....ハイ、ハイ。 


 ・・・お客さんが飲むってんだから、


 何も細かい事は言わないけどね」


"カチャ"


この怒須都F巣黄居が、モスクワで


居酒屋を開ける様になってから五年余り。


「・・・ウイ~ッ 


 ツミレ...ッ ソレニ、


 "ヒトツ"ダケジャネェ


 "フタツ"ダ....!」


「―――ハイ、ハイ。 二つね」


「....ウィ~っ...」


"ダンッ!"


この、目の前にいるロシア人の男は


この店が開店してからと言う物の


間を空けず来る"上客"で、すでに


この男がこの店を訪れる様になってから


数年の月日が経っている....


「・・・・」


"スッ"


女将は、スサケフスキの言葉に特に


嫌な顔も見せず長い箸を取り出すと


おでんが入っている容器の蓋(ふた)を開け


その中からたっぷりとダシが沁(し)み込んだ


"ツミレ"を二つばかり小皿に取り分ける―――


「(チクショウ....ッ ....チキショウッ....


  .....シキョクチョウッ...!)


  シキョクチョウッ、シキョクチョウッ―――!」


「・・・何だい、アンタ。


 まだその新しく来た日本の、


 "河野"さんの事を気にしているのかい?」


「・・・・!」


小皿に入ったツミレを自分の前に置いて来た


女将の言葉を聞いて、スサケフスキは、


思わずハッとする


「...ソ、ソウダ....ッ.... 


 アノヤロウッ....!」


この店に訪れる様になってから


すでに数年程の月日が経ち、普段


会社の経営者と言う立場のせいか、


あまり人には本音を言えない立場にある


この大柄な男は、いつの間にか


この和食料理屋の女将には国籍の違う


異国の人間と言う事もあってか心を許し、


会社での不満や愚痴を漏らす様になっていた....


「ダッテ、オカシイジャネェクゥワヨ....!」


「・・・・」


"トンッ トンッ トンッ トンッ"


女将と話しながら、軽く厨房に目をやると


そこには、相変わらず不愛想でしかめっ面を


浮かべたままの和帽子を帽(かぶ)った


この店の親父が、何も言わず


まな板の上の魚を下ろしている....


「・・・おかしいって何がだい?」


「イヤ....! ソウジャネェクゥワ!?


 アノジャップ.... イヤ、ジャップジャネェ


 アノ、ニポジンノヤルロォウハ、


 ドコカラキタカモワカラヌェガ、


 オレガヤッテルカイシャヲウバイ、


 シカムォ、イツノマニカナニクワヌカオシテ、


 オレノ"シキョクチョウ"ノザマデ


 ウバッイヤガッテルジャネェカ....!」


"グイ"


「・・・プハーッ...!」


"ダンッ!!"


ツミレをフォークで刺しながら、


スサケフスキが焼酎を呷る


「・・・そんな事言ったって


 仕方ないじゃないかい...その、河野さんは


 ちゃんとロシアのやり方に従って、


 ちゃんとした、きちんとしたやり方で


 あんたの会社の親会社になったんだろう?」


「...ソレハソウカモシレネェガ...!」


「―――だったら、そんな事を


 いちいちグチグチここで


 言ったってしょうがないじゃない。


 何も、ここで不満を言ったとこで


 その河野さんがアンタの会社から


 いなくなる訳じゃないんだからさ...」


「イヤ、ソウハイウガ――― ...ッ?」


「スサケフスキ....」


「オヤジサン....!」


スサケフスキ、が、相変わらず何時間にも渡って


会社の不満を連々(つらつら)と述べていると、


奥の厨房からこの店の主人、


"増田 恒吉(ますだ つねきち)"


が、着けていた前掛けの紐(ひも)を外しながら


カウンターにいる女将の側までやって来る


「...オヤジサン...!」


「スーさんは、そうは言うかも


 しれねえがよ....」


"スッ"


「・・・・?」


恒吉、は、不満を言っていたスサケフスキと


カウンターを挟んで向かい合うと、


自分の目の前にあるおでんの容器の


中に浮かんでいる"具"に目をやる....


「...."シラタキ"....」


「...そうよ...」


恒吉が指したおでんの容器の中を見ると、


そこには、おでんの汁がたっぷりと染み込み


茶色味がかった"白滝"が浮かんでいる


「・・・スーさん、アンタ、


 "白滝"って漢字の意味が分かるかい」


「・・・ッ イ、イヤ、ヨクワカラネェ...」


若い頃には、日本にも数年ほど滞在経験があり


この怒須都F巣黄居でも


日本語をかなり学んだ筈だった


スサケフスキだったが、


ふいに店の親父に言われた一言に、思わず考え込む


「・・・"白滝"ってのは、読んで字のごとく、


 "白い滝"....」


「シロイタキ....」


恒吉の一言に、スサケフスキはアメリカ製の


白いタキシードの事を思い浮かべる


「"滝"ってのは、始めは小さな雨垂れから始まり、


 そして、それが大きな川となり、


 最後には、それが集まって滝へと変わり


 "池"を作る...」


「・・・・」


どうやら滝について喋っているようだが、


早口で喋っているせいか、


それとも滑舌(かつぜつ)があまり良くないせいか


スサケフスキには恒吉が


何を言っているかまるで理解できない。


「――――??」


「結局、その、"河野さん"ってのも、


 同じ事なんじゃねえのかい?」


「・・・ソ、ソウカモシレネェ。」


あまりよく意味は分かっていないが、


スサケフスキが適当に返事する


「あんたの会社に、その、河野、が入って


 アンタの仕事を取って上に立ったからって


 それはこの、"白滝"。


 白滝みてぇに、"流れ"を作って


 耐える事で、明日の花も開くってもんじゃ


 ねぇのかい・・・!」


「・・・」


自分の横にいる主人が言っている


言葉の意味がよく分からないのか、


横にいる明美は、複雑な顔で、中途半端な


作り笑顔を浮かべている....


「スーさん...」


「ナ、ナンダイ」


恒吉、が煮えたぎった白滝を


箸で自分の前に掲げる


「この、"白滝"。 ・・・この白滝みてぇに、


 アンタも会社で上手くは


 行ってねえのかも知れねえが、


 貿易摩擦や、タンカー船の輸出が


 また始まった所で、所詮、少しは、溜飲...


 溜飲、飲んだ唾も、出所(でどころ)や


 出所(しゅっしょ)を納めようって


 モンなんじゃねえのかい....!」


「オヤジサン....!」

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