第四話 「спокойствие духа(心和)」

「・・・・」


「・・・・」


"カチャ...


「・・・・」


「・・・・」


"カチャ カチャ...."


午前中の作業が終わり、同じく


このАбсолютная-Øで共に作業をする


"林 文青"


藻須区輪亜部新聞では、同じ


編集局長という役職に就いていた


林に食事に誘われた隆和は、


一度部屋に戻り軽く顔を洗い流すと、


再び同じ地下施設内の居住区画にある


食堂へと足を運ぶ....


「(・・・・)」


"カチャ....


「(・・・・)」


"カチャ... カチャ...."


「(ピーマン....)」


このАбсолютная-Øで配給された


ピーマンの肉詰めの缶詰にスプーンを付けながら


広く、閑散とした食堂内を見渡すと


食堂内はあまり人気を感じさせなく、


いつの時代の物かも分からないが


朽ちかけた周りの壁や床が目に入ってくる....


「あ~... そうつォ...」


「何だ、林さん?」


"カチャ"


食堂の長机の反対に座っていた


林が口を開くと、隆和は


缶詰に伸ばしていたスプーンを脇に置く


「今日ハ、どうやラ、


 "スポコスティェ・ドゥハ

(спокойствие духа=(心和)"


 のホウ、マタあるようヨ...」


「"スポコスティェ・ドゥハ"・・・」


林の言葉に、最近この施設内で


終業後に頻繁に行われている


"スポコスティェ・ドゥハ"と呼ばれる


奇妙な講習会の様な時間の事を


隆和は思い浮かべる.....


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「それじゃ、作業自体は問題ない訳だな?」


「え、ええ...ただ、一つよく分からない


 事がありまして...」


「・・・何だ?」


すでに、このАбсолютная-Øの地下施設で


隆和が作業をする様になってから、数カ月。


「いや、作業自体は、順調で・・・。


 まあ、多少キツい所もありますが、


 滞(とどこお)り無く進んでるんですが...」


「だったら、問題ないじゃないか」


Абсолютная-Øでの


作業内容を報告するため、今


自分が編集長を務めている藻須区輪亜部新聞で


支局長、そして第四編集局の編集長代理をやっている


上司の河野に連絡を取ると、相変わらず


自分の事にあまり関心が無いのか、河野は


素っ気ない態度で電話越しで返事をする


「いや、作業自体は問題無いんですが....


 ・・・どうも...」


「・・・何なんだ?」


曖昧な、言葉を濁(にご)す様な言葉遣いを


好ましく思っていないのか


歯切れの悪い部下の返事に河野は


不機嫌そうな様子を見せる


「いえ、よくは分からんのですが、


 どうも、この、


 Абсолютная-Ø構内では


 定時の就業時間の夕方5時の後に、


 何か、施設内の人間を集めて....


 何と言うか...


 "スポコスティェ・ドゥハ"

(спокойствие духа)


 "心和"とか呼ばれる、


 人を集めて講習会の様な物を


 やってるみたいなんですが」


「スポコスティェ・ドウハ...


・・・何だ、そりゃ?」


言葉の意味が分からないのか、


河野の声が少し上ずる


「い、いや、私もよく分からんのですが、


 どうやら、このАбсолютная-Øでは、


 通常の作業業務である


 土木工事の他に、施設内の職員を集めて、


 何か、よく分からない


 "スポコスティェ・ドウハ"


 とか呼ばれるよく分からん集まりみたいのを


 やってるみたいなんですわ」


「ふーん...」


「・・・・」


河野が言葉を返さないのを見て


隆和はそのまま言葉を続ける


「それに、どうもよくは分からんのですが、


 その講習に一度参加した林さん...」


「ああ、第三編集局の中国人だろ?」


「・・・その、林さんの話だと、


 どうやら、そのスポコスティェ・ドウハで


 講師の様な役割をしてるのが、


 あの、ロシアで"魔法使い"と呼ばれる


 ツベフォフ氏の様でして...」


「...ツベフォフがか...


 何の話をしてるんだ?」


「どうも林さんの話だと、


 この間は何か、筆記テストの様な物を


 やらされたとか...」


「ふーん....」


「・・・・」


すでに、このАбсолютная-Øで


作業をし始めてから数カ月程の


日数(ひかず)が経ち、自分が在籍する


藻須区輪亜部新聞社の当初の目的である


"ツベフォフをEarth nEwsの


論説委員として勧誘する"


と言う目的は果たしたが、なぜ数カ月経った今も


この施設内で作業をさせられているのか、


首を傾げながら隆和は上司である河野に


今までの出来事を報告する


「―――よし。」


「・・・・」


何かを決めたように河野、が声を上げるが


隆和はその態度を見て河野が何かを決断する時は


大抵自分にとって不都合な事しかないので


電話越しで歪な顔を浮かべる....


「―――だったら、お前、その


 講習会、"スポコスティェ・ドウハ"に


 参加しろ。」


「・・・・


 な、何でですか」


「・・・・」


焦ったような口振りで返事するが、


河野はそのまま話を続ける


「いや、お前がその施設に入ってから


 もう二カ月....」


「三カ月です」


「・・・ああ、もうそんな経ってたか?


 悪い 悪い。」


「・・・・」


"ゴホンッ!"


「(・・・・)」


あまり、自分に些程(さほど)


関心を持っているとは思わないが、相変わらず


自分の身辺にまるで興味を持たない上司に


渋い表情を浮かべながら、気の無い返事を


隆和は返す....


「・・・とにかく、お前がその施設で働く事で、


 ヴォルシェブゥ(魔法使い)ツベフォフは


 今、日朝、そしてアラベスクが共同で


 サイトの運営に携わっている"Earth nEws"に


 論説委員として記事を


 提供する様になった訳だ...」


「まあ、そうです」


この人の少ないАбсолютная-Øにおいて、


作業人員を埋める形で日朝の社員が加わる事で


アルフォンソ・ツベフォフ、


ロシアの著名な思想家である


あの男は日朝本社が運営に携わるEarth nEwsに


論説委員として記事を掲載する様になったが....


「まあ、お前がそこで働いてるおかげで


 ツベフォフは今、Earth nEwsに


 自分の論文を載せたり、


 読者からの質問に答える


 回答者の様な役割をする事で


 ウチの紙面的には、かなり成果が出てる」


「・・・・」


どう見てもツベフォフは


訳の分からない突飛な行動を取る


おかしな人間にしか見えないが、


どうやら、Earth nEwsの紙面においては


そのツベフォフが案外、評価が高いらしい


「お前がその施設で働く事によって、


 ツベフォフはEarth nEwsで記事を書く...」


「まあ、そうなってるみたいですが...」


「・・・・」


【ロシア―――....ロシア、ロシア、ロシア....】


「(・・・・)」


【あなた達は、永久にこの地下施設において、


 ロシア、ロシアロシアロシアロシア....!】


【・・・・】


「―――どうした、隆和?」


「・・・! い、いや....!」


以前ツベフォフが構内で言っていた言葉を


思い返していると、妙な間が空いた事に


河野が再び電話越しで不審な表情を浮かべる


「いえ、そこら辺の事は分かりましたが....」


「―――ああ」


【父さん! 新宿と言うのは、


 新橋より先の駅なんですよね!】


【先って....何の、"先"なんだ―――?】


「(功――――....)」


【アンタッ! ―――アンタッ!?】


「(宏江....)


 ・・・・」


「――――どうしたんだ?」


「・・・・い、いや...」


すでに三月(みつき)程の間、


この暗い、地下の工場施設で作業を強いられていた


隆和は、いつまでこの境遇に


自分の身を晒さなければいけないのかと思い、


ふと、押し黙る


「・・・結局、私はいつまでこの施設で


 働く事になるんですかね....?」


「・・・・」


ツベフォフを勧誘するために、


上司の河野によってこの施設内で


働く事を強制されてはいるが、家族、


そして自分の母国である日本の事が頭に過り


いつまでこの施設で


先の見えない仕事をし続けるのか....


思わず、河野に問いかける


「・・・分からん。」


「わ、分からん?」


何も考えていないのか、河野が、ただ答える


「い、いや、分からんって」


「・・・・」


まるで反応を見せず少し押し黙ると、


河野はそのまま言葉を続ける


「・・・とにかく、お前が今


 その施設内で作業をする事によって


 ツベフォフは、今ウチの紙面に


 記事を載せてる」


【"板橋"とは、"水道橋"と


 何か関係があるのですか】


【どうでもいいだろ.... そんな事...】


【アンタッ! アンタッ!?】


【分かった... "分かった"から...っ!】


「そして、お前がその施設で


 ツベフォフ、更にその施設に対して


 貢献する事で、ツベフォフは今お前に


 多少なりとも"感謝"をしている筈だ...」


「は、はあ...」


「・・・それだったら、ウチ(日朝)にとっても


 お前にとっても


 "成果"は出てるって事だろ?」


「そうなんですかね・・・」


自分が何故、今新聞局員の仕事道具である


ペンや万年筆の代わりに、大工の作業道具である


ハンマーやノミを持っているのかは分からないが、


確かに、河野の話を聞けば今自分がしている事は


日朝にとって"利益"に繋がっている様だ


「・・・とにかく、一度、お前はその


 "講習会"に顔を出して見ろ」


「は、はあ」


「お前がそこで、ツベフォフの印象を上げれば


 それは、日朝にとって利益になる...」


「・・・」


「・・・・」


「そうなれば、お前が近い内、そこから出て


 日朝本社に栄転、何て事もあるかも知れん。」


「ほ、本当ですか!」


「・・・ああ、そうだ。


 ・・・そこで、ツベフォフが


 何をしてるか常に観察して、


 お前はその施設の一員として認められるように


 仕事し続けろ。


 それが、お前の"仕事"に繋がる筈だ...」


「・・・・"仕事"....


「頼んだぞ ガチャ」


「・・・・!」


「ツー ツー ツー」


「(ツベフォフ....)」


【―――父さん! 国立競技場とは


 主にサッカーの試合会場として


 使われる事が多いんですよね!?】


【アンタ!? 見てよッ!?


 歯茎がすごい伸びてるッ】


【・・・・】


日本にいる家族の事を思い返しながら


「(そろそろ、"3"が発売するみたいだな...)」


隆和は、


"トゥルーレジェンズ3~逆襲の疾風(かぜ)~"


の発売時期が近づいてる事を悟っていた....


「楽しみだな・・・」

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