第08話 冒険がほしい

「そういえば、わたし、これまでしょぼい冒険しかしてない」

 がっこうの休憩時間、中庭の長い椅子で総菜麺麭を齧りかけたとき、ふと気づいた。

「よう、考えたら、いまのところ微妙な思い出しかない」

「とうとつに、なにさね」と、隣に座ったアンパーが怪訝そうな顔で見返してくる。彼女は林檎を齧ろうとしているところだった。「ケルルよ」

 アンパーは幼馴染である、女子。

 鋭い目つきに、鋭く光る黒髪を肩まで伸ばしている。その黒髪があまり鋭く光すぎるので、ときどき、その一本一本が硬質の針かなんかに見えることがある。

 彼女とは組はちがった。でも、昼食は一緒に食べる。幼少期から毎日会っていた名残だった。昼食のときに、日々の情報交換をする。ただし、情報の有益無益は精査されない、お互いが、お互い、ただ、思いついたことを、流し込み合う。

 もちろん、アンパーには、ハトリトさんの仕事の助手をしていることは、すでに話している。初期は、自慢げに、でも、最近は、ハトリトさんへの駄目出しが多い。

 そして、とうとう、今日、気づいた。

「わたし微妙な依頼しかこなしてないぞ」

「いいんでないのかい」アンパーは興味なさそうにいう。じっさい、興味もないのかもしれないけど。そして「あんたという存在が微妙なんだし」と、幼馴染にしかゆるされない、愚弄を放ってくる。

「聞いてるのかい、アンパー」

「聞いているよ、ケルル」

 彼女は怪訝な表情して返す。林檎を食べるのを妨害されたのが、いささか機嫌をそこねたらしい。そういえば、眠っている猫を無理やり抱きかかえると、猫はこんな表情をする。

アンパーは露骨に、やれやれといった感じをみせ、林檎をいったん、口先からおろし言った。「あんたがおっぱじめた週末助手ことは、初回の話から言ってるけど、そのハトリトっていう、青いおっさんに、積極的にかかわろうとしている時点で、もう、あれだからね」

「あれってなによ」

「あれはあれよ」

「なるほど、あれか」

「そう、あれはあれだ」

「あれかぁ」

 わたしは納得したふりをする。

 ばかの会話だった。でも、これはこれで不毛な口論を割愛できる効果もあるので、使えはする。もちろん、使い過ぎると、さらに濃厚なばかになる可能性がある。

「とにもかくにも、しょぼいんだ、しょぼしょぼなんだよ。ここまでの依頼が、がっかり駄菓子みたいなんだよ、連れてかれてる冒険が」

「ねえ、ケルル」

「なんだい、アンパー」

「あんたさ、週末だけの助手なんだよね」

「うん、まあ、週末だけ助手だね、がっこうあるし、がっこういかんと怒られるし」

「じゃあ、その青いおじさんは、週末以外はなにやってるの」

「さあ、酸素でも吸いながら広場で昼寝でもしてるんじゃないの、あとか町の野良猫の数でも数えて過ごしているとか」つい、適当にいってしまった後で「ああー、でも、そうか。そういえばそうだね、なにしてんだろ。いちおう、ハトリトさん自身も作家ってうたってる、なんか書いてんのかな。まあ、うちの父さんも作家ってのだから、なんとなくの生態系は想像できる」

「わたし思うに」

「おっ、アンパー探偵、なにかねなにかね。真実みえたか、みえちまったのか、真実的な、そんなのが」

「いや、その青い人は、あんたがいない週末以外に、じつは、すごい依頼こなしてるんじゃないかって、そこそこの冒険的のやつ」

「なして」わたしはぐい、っと、アンパーを見た。「どうしてさね」

「だって、すごい冒険のつれてって、あんた死んだら面倒だし、責任とりたくないし。なにより、あんた、調子にのって死ぬ可能性たかいし」

「そっ、それだ!」

 指摘され、わたしはきっと炯眼した。

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