第04話 助手にしてほしい
それから三日後、学校も休みの日。
わたしと、ハトリトさんは、とある、廃墟になった屋敷の二階をうろついていた。
昼間なのに、薄暗いし、何度か不正侵入でもあったのか、いろんなものが剥がされて、壊されたあとがあるし、たいへん、へんなにおいもした。
なぜそんなところを、ふたりして、うろついていたかというと、わたしがハトリトさんの助手として働きはじめたからだった。ただし、学校が休みの日、週末限定の助手である。
ふふ。やったってやったぜ。
では、なぜ、そうなったかというと。
要するに、わたしが押しかけた。おい、その仕事にかかわらせろ、やらせろと、迫って無理やり雇わせた。
出ない本を出るように仕向けるなんて、なんて歯ごたえのある冒険だろう。聞いて、ときめいてしまったらない。わくわくがとまらない。
ちなみに、先日、ハトリトさんが父さんへ頼みに来た続きの執筆の依頼は、かんたんに片付いた。父さんは、お金くれるなら、書くさ、という軽々とした精神で、なにもこじれることなく、快諾の至りとなったらしい。なら、よし、だった。
なので、もう、わたしとハトリトさんは無関係になるはずだった。でも、わたしが押しかけた。
さあ、雇いなさいよ、と。
すると、ハトリトさんは「助手が欲しいところだった」と、まずそう答えた。「欲しいのは、屈強で、野生の熊みたいに強いひとで、わたしを守ってくれそうな助手さ」
「なら、わたしだ」
で、通した。
そして、通った。しかも、学校の休みの日限定でもいいという。
じぶんで通しておきながら、それでいいのか、と考えないでもなかった。でも、ぐちゃぐちゃながら手に入れたこの冒険である、抱きしめてかんたんに離すつもりはなかった。
そういうわけで、こうして、いま、この廃墟の屋敷をふたりして歩いている。ハトリトさんは、わたしの横でこの人も住めなくなった屋敷の図面を記録していた。助手のわたしに、いまできる最大のことは、ハトリトさんの邪魔をしないことだけである。
ハトリトさんが受けている依頼はこんな依頼にだった。
長い間、続巻が出ないままになっている、とある恋愛小説があった。有名でもない小説だった。
それでも、依頼人のおばあさんは、どうしても、その物語に出てくる、ふたりの恋の結末を知りたいらしい。運良くも、おばあさんは、それなりのお金持ちだった
依頼を受けてハトリトさんは作者を探した。じつは、続巻が長く出ない小説の場合はとくに、この作者を探すのが、なかなか難しかったりすることが多いらしい。
ハトリトさんはわたしが学校に行っている数日の間に、あちこちいって、情報を集め、作者の居場所を探しだした。
作者は依頼したおばあさんと同じ歳くらいのおばあさんだった。
ハトリトさんがどんな会話をしたかまではわからない、とにかく、作者のおばあさんは、最終的には、続きを書くことを許諾した。でも、条件があった。
小説の舞台となった生家の屋敷の間取りを、もう覚えていない。かくにんしたいけど、足が悪いのだという。
そこでハトリトさんとわたしは、屋敷の間取りを調べにやってきた。
「こういうことをするんですね」と、わたしはいった。
「ときに埃にまみれるのもこの仕事さ」ハトリトさんはそういった。「この仕事は思わぬ体験をすることが多い、刺激には困らない」
「いいですね」
「まあ、生存率は低くなるが」
「よくねえな」
「あっちにいってみよう」
他愛ない会話に物騒なことを放り込みつつ、ハトリトさんは間取りを確認しつづける。
あいかわらず、今日も全身青い。このまえの同じ服だろうか。この人は、同じ服しかもってないのだろうか。
不穏な興味はあった。しかし、そこは触れずにおいた。真実を知っても、いいことはとくにないだろう。そうこころに決めつける。
ハトリトさんが携帯していた明かりで部屋のなかを照らしながら、奥へと進む。そういえば、廃墟になった屋敷を歩くなんて、はじめての体験でもある。
「わくなぁ」と、わたしは口走る。「血がたける、たける」
きゃっきゃとはしゃぐわたしに対し、ハトリトさんは、とくにからんではこない。
代わりに「なにかに触れる場合は、自己責任で」と、いってきた。
「いや、そこは、わたしの面倒を見る大人のハトリトさんがすべて責任をもって対応していただかないと」
手加減なく要求しておく。
「それもそうか」ハトリトさんは、あっさりと納得した。あっさり過ぎて、それもそれで不安がある。
とはいえ、ゆだんするものか。こころに決めて、屋敷のなかを進む。いっぽうで、持ってきたお菓子を、いつ食べようか、そんなことも考えている。
なにしろ、見取り図の方はハトリトさんが完全に調べているので、わたしのすることといえば、ただ、ついてゆくだけだった。でも、どんなことだって、新人の初日なんてこんなもんさ。と、ろくに新人的なこともやってこなかったくせに、そうくくっている、あさやかなじぶんがいた。
そのせつな。
誰ががいた。
「うぎょ!」と驚てわたしは声を出す。
人影が。
って、鏡に映ったわたしの姿だ。部屋が暗いので、一瞬、わからなかった。
「どうした、謎の虫にでも寄生されたか、脳を」
ハトリトさんが、ぶっそうな形式で問いかけて来た。
「いや、美少女が鏡の向こうに見えて驚いたんです、目がまあ綺麗で」
指さすと、ハトリトさんは、じっと鏡へ顔を向ける。じいい、っと、しばらく見て、そして、なにもいわない。
そうして「気を付けたまえ」と、絶妙な言い回しを繰り出してくる。「闇は、いないものも、いるように見せる」
真顔で言って来る。
「ところで、ハトリトさん」
「なんだい、ケルルくん」
「やっぱり、あぶない目にあったりしたことあるんですか」
「箱いっぱいにあるさ」
その箱の大きさがどれくらいか形容用言されないところが、困る箇所だった。そこで「たとえば」そう、話をうながす。「具体例をいえ」と、やや、雑に問う。雑な言葉遣いをするのは、ふたりは親しい間柄と、解釈してもらってもかまわない。
すると、ハトリトさんは「そう、たとえば、このような廃墟の屋敷にいて」と、物件を紹介するように、室内へ片手を掲げる。「こういう場所は、盗賊などの隠れ家、および、盗品の隠し場所にされていることがある」
「本気の危険なやつだね」
「調査中、盗賊に鉢合わせしたこともある」
「ふーん、で、死んだの」
「持ち前の明るさで、乗り切ったのさ」
「いや、想像がまったくできないです、むしろ、あなたの持ち前の明るさだと、生存率が、ぐどーん、っと低下するのではないかという、疑惑」
「まあ、こんな話をしてて、数奇にも盗賊と鉢合わせ、なんてこともないだろう、むしろ」
ふふふ、っとハトリトさんは乾いた笑いをした。
「そんなつくり話みたいなの、起こるはずないですってば」
いって、わたしも、ははは、っと笑った。しかし、ふと、ハトリトさんを見ると、あさっての方向を凝視している。ようすがおかしい。まあ、もともとこの人はようすがおかしいので、やっかいだけど、少し、おかしさがちがう。
え、って、まさか、おい。と、こころの声を野太して、そっちを見る。
狼がいた。いるじゃん、狼。
灰色に白色が混じった、狼だった。犬じゃない、大きさからして、絶対に犬じゃない、狼だった。狼さんだった。
盗賊じゃないけど、狼がいた、父さん、母さん。広間の端に狼がいるよ。ああ、すごい、ぐるる、っと言っている。牙がみえている、よだれが、ぼたぼたたれている。
ふと見ると、もう奥からもう一匹狼が現れた。つがいかな。夫婦かな。
これで、生存率がはんぶんさがった。
さらに、もう二匹が奥から出てくる。在庫はじゅんたくそうだった。生存率がぐんぐんさがってく。
みんな、がるる、っといって、牙がむき出しだった。
「ハトリトさん」
「ケルルくん」
「持ち前の明るさで、乗り切ってください」
「やってみよう」と、ハトリトさんはいって「やはり、やめよう」すぐにひっこめた。
調子にのって、致命傷を受けることを恐れたらしい。
狼たちは、がるる、っとうなり続けていた。いまにも、飛び掛かってきそうだった。
「どうするんですか、わたし、未成年ですよ、責任をとってくださいよ」
わたしはハトリトさんを追い詰める。なさけないことに、こういうときに、自分の人間性をぞんぶんに露呈させてしまう。
「逃げよう、彼らとは決して分かり合えない」ハトリトさんはそういってきた。「まあ、喰われてしまえば、分かり合えないまでも、歩率的な一体化は果たせるが」
「役にたたない発言は控えてくださいますか、可能あれば永遠に」
「窓から逃げよう、さあ走れ」
いきなりいって、ハトリトさんは走り出す。わたしも、なかなかやるもので、不意打ちみたいな指示だった。いっぽう、わたしは、所持していたお菓子を狼たちの方へ投げて、それかれら走った。
そして、ハトリトさんは窓へ体当たりした。
そして、窓は割れず、弾かれた。
「すごい馬鹿っぽい!」たまらずいってしまう。
でも、愚弄している場合じゃない。わたしは、近くにあった椅子を掲げて、それを窓に投げた。
それで割れる。
「素晴らしい」
ハトリトさんはもう立ち上がっていた。頭からは血が出てた。なかなか、あたまが弱いらしい。
そして、わたしたちは割れた窓から外へ出る。
ただし、ここは二階だった。
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