第03話 聞かせてほしい

 つまり、ハトリトさんの仕事はこういうことだった。

 この世界にはなんらかの理由によって、続きが書かれることのないまま続きが出ない本がある。

 そして、わたしのように、この世界には猛烈に途絶えた物語の続きを読みたがる人がいる。

 あの続きをぉ知りたいぜ、とばかりに、ずっとずっと、待っている人がいる。港であの人の帰りをずっと待っている感じで待っている。

 でも、いくら願っても続きはやっぱりでないのである。

 そこで、ハトリトさんの登場だった。

 そういう、途絶えた物語を求める人たちから依頼を受け、作者に会いにゆき、続きを書いてもらいに頼みにゆく。すなわち、頼み屋さんだった。

 ハトリトさんは依頼を引き受けると、大陸各地を移動して、作者に会って、続きを書いてもらえるよう話をするんだといった。移動はとにかく多い、ある意味、脚力を重視する生業でもあるらしい。

 ちなみに、ハトリトさんの仕事は、もともとの本の出版もととはまったく絡んでないみたいだった。あくまでも、ハトリトさんが、個人事業としてやっているらしい。

 権利関係大丈夫なのだろうか。学生ながら、そこが気になる。

 まあ、さておき。

 ハトリトさんは出ない続きの本を、作者に会って書いてもらいに頼みに行く。

 そして、本として完成させる。

 でも、書いてもらえた場合は、この世でただ一冊だけの本になることが多いらしい。最後に完成した本をハトリトさんは依頼人のもとへ届ける。

 依頼料はかなり高いといっていた。作者を本一冊分くらいの執筆時間を拘束するので、それ相応の額になる。

「まず真っすぐに頼んで書いてもらえるならいい」ハトリトさんはしみじみといった。「金だけで済むなら、ほんとにそれでいいです。単純に、まえの巻の売り上げがよくなかった。でも、支払いさえきっちりしてもらえれば、依頼人、たった一人のために書いてくれる人はいる」

「そういうものですか」

「いまのは少し端的に説明してはいるがね、読みたい人がひとりでもいれば、書いてくれる人はいるんだ」

「お金で済まないときって、どうなるんですか」

「うん、作者が特別な理由で、続きが書けないことがあるのです」

「特別な理由」

 ふんわりとした言い方だけど、そのあたりはなんとなくわかる。

 わたしのうちは、父さんが小説家をやっている。だから、そう、なんとなくわかった。父さんも、時々、書いている物語のつづきが書けなくなることがよくあった。どうも、その日の気分だとか、健康状態だとかが関与してそうだったり、他にも、いい展開が思いつかない、決めてとなる資料が手元ないとか、言いにくいけど、人気がない、などど。

 まあ、はたから見ている感じだった。そのあたりの理由で、続きを書けなくなっていることがありそうだった。あ、そういえば、出版もとの人ともめて出ないこともあるらしい。

「で、そういう場合は、どうするんですか」

「そういう場合は、特別な対応をいたします」

「それって?」

「作者が書けない理由を除去するために、身を削ったり、削らなかったり」

 ハトリトさんはのらりくらりと、そう答えた。

「それはそうと、あの、よく、その青い感じでやっていけますね」そこで聞いたとき、わたしは真っ向から問うた。「だって、作者の人から見ればしたら、ある日とつぜん、組織的じゃなく個人的に猛毒を持った虫みたいな青い服のひとが訪ねてくるわけですよね、怯みますよ、相手も、家の窓から、ハトリトさんが近づいてくるのが見えた瞬間、家から武器になるものを探したりされませんか」

 すると、ハトリトさんは「まあまあ」と、いった。「落ち着き給え」

 そして、ほかに補足をもしない。そのまま、素材のままである。

 ああ、この人、まあまあ、だけでのりきろうとした。まあ、のりきっていない。

 じゃあ、いったいじっさい、この人は、どうふうに、作者のひとに会って、続きを頼むのか、そこが異様に気になった。

 その日、ハトリトさんは、続きを書いてもらいに、わたしの父さんに会いに来た。そして、父さんは続きを書く依頼を引き受けた。

 けど、父さんと、どんなやり取りをしたのかを、わたしは知らない。どうやったんだろう。

 やっぱりお金かね。父さんに聞けば教えてくれるそうだった、でも、もし、父さんに引き受けた理由を聞いて、ああそうさ、ぜんぶ金のためにやったんだ、と回答されることを想像して、まあ事実確認は、もう少しわたしが大人になってからにしようと決めた。

 それも気になったけど。途絶えた物語の続きを書いてもらう。

 その仕事が気になった。

 それで父さんと話を終えたハトリトさんに聞いていた。

「その仕事って、わたしにもできますか」

 と。

 すると、ハトリトさんは答えた。

「やってみるかい」

 かなり軽々と。

 思わぬ返しに、わたしは「おっ」と、怯み、それでも「おおよ」と、勇ましく反応してしまう。

 こうして、わたしの生き方に新展開が放り込まれる。

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