第30話 ハープーン⑥

 さざなみに混じって、貝笛の音がする。俺は真水を浴びて潮風に乾くままにしていた身体を返して、そちらを見た。午前の漁から戻ってきて、船着場で休憩しているダイバーたちの片隅で、子供たちが遊んでいるのだ。その輪の中でひょっこりと伸びた背はリャンだ。リャンは大人のダイバーたちとはつるまないが、子供たちとはよく遊んでやっている。割と器用で、貝殻や石や流木から玩具のようなものを作るのだ。尋ねたら、この島に着いてから暫く、セシル・ドーソンの命でジナの母親がリャンの面倒をみていたらしい。その時に、やり方を見よう見まねで覚えたんだ、と言っていた。ジナとリャンは数年間、家族だったことがあるのだ。確かに、姉と弟っぽい。実際の年齢は逆だけど。


 近づいていってみると、リング・ア・リング・オ・ロージズ・ポケット・フル・オブ・ポージズ……と歌いながら円をつくってスキップする。こちらの遊び歌の一つだろうか。もっと小さな子供たちは、欠けた鮑の貝殻を太陽にかざして遊んでいる。光沢が面白いのだろう。傍らに立つリャンは、微笑ましそうに、けれどどこか寂しそうに彼らを見ている。子供たちの背後には銀に輝く水平線と、明るい緑を風にそよがせる湾の突端、波は穏やかに入江の砂を打ち、空は雲を佩いでどこまでも高い。

「ちょうちょ」

 小さな女の子が、貝を二つぱたぱたと動かしながら、桟橋を踊るように進む。隣りのリャンが、囁くように歌うように言ったのを、俺はどこか遠くの寝物語に聞いた。

 不知,周之夢爲胡蝶與,胡蝶之夢爲周與……


 静かな船着場に、蹄の音が湧き起こった。二頭が駆けてくる。騎乗しているのはジナとルカだ。俺とリャンの目の前まで走り込み、手綱を引く。

「今朝、船が造船所から出て、セント・ヘレナの港に向かったわ」

 知らされてなどいない。ジナとパラワの仲間たちは抗議しても聞き入れられず、船の動きを見張っていたのだった。リャンの怯えた視線がしかし、湾の全景を滑り、喘ぐかに言った。

皇后エンプレスはまだ南に帰っていない。追わなければ」

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