第28話 ハープーン④ *若干の差別的・残酷な表現を含みます。ご注意下さい

 リャンのうなじにチョーカーが揺れる。ごめん、と消え入りそうな声で呟いた。

「リャンが謝ることじゃないわ」

「でも、止められなかった」

 椅子に腰掛けた二人は、ぽつりぽつりと言葉を交わす。ジナは、試運転から帰ってきた船大工たちの様子がおかしいので、ルカを問い詰めたらしい。新たに捕鯨銃と牽引を取り付けた船を見れば目的は明確であるが、ジナに伝えなければならなかったルカの心情を考えると、いたたまれない。

「ルカだって支持してないよ、仕事しなきゃならないだけで」

 港でセシル・ドーソンとリャンの遣り取りを聞いていたルカも、辛そうな顔をしていた。分かってるわ、とジナは目を伏せて言う。

「ヨーロッパの男たちは、結局自分たちのことしか考えてないのよ」

 ルカと話した後、ジナはセント・ヘレナへ駆けつけた。セシル・ドーソンの事務所で、当人に詰め寄った。怒りのあまり、ドレスの膝を握った指先が震えている。

「あいつ……! 母さんたちとの約束を無いものにするつもりだ」

「ジナのお母さん?」

 乱れた黒髪から、月のように輝く瞳がこちらをめる。ジナっていう名前は、母さんが付けてくれたの、と、クンゼアを摘んだあの日に言っていた。今は帽子に紫のリボンも付けていない。

「ここはもともと先住民パラワの土地よ、それなのにヨーロッパ人たちが、木々も動物も採り尽くす」

 ほんの数十年前まで、ヴァン・ディエメンの海には、多くの海豹アザラシが棲んでいた。パラワは、冷たく清らかな海の恩恵にあずかっていた。そこへ、ヨーロッパから海豹猟者シーラーたちが押し寄せた。バス海峡の島々に拠点を構えて、海豹を手当たり次第に狩った。

「そしてパラワの村々を掠奪して、女性たちを攫った」

 私に父親はいない。あんな男、父親なものか。海豹が獲れなくなって、ゴールド・ラッシュが始まって、海豹猟者たちは引き揚げていき、私たちは捨て置かれた。母さんと似た境遇の女性たちは、セシル・ドーソンの元に身を寄せざるを得なかった。故郷の村は荒れさびれて、生き残った一族は居留地へと移っていた。私たちは、セシル・ドーソンのために漁をした。外の人間に乱獲される前に、この海を、どうやって守るか考えた。

皇后エンプレスは私たちの誇りなの。渡すわけにはいかない」

 鯨は百年も二百年も生きる。皇后は、私たちが私たちらしく生きていた頃を、覚えている。この土地が自由だった時代を、知っている。もの言わぬ鯨たちだけが、私たちのルートを、証明してくれる。『そうだ、思い出せ』と、何かが俺の中で、静かに叫んだ。

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