第22話 アバロニ・ダイバー⑤

 まぶたに透ける橙色の光が、何か柔らかいもので遮られた感触がした。

「……ジナ?」

「ごめん、起こした? あんまり静かに寝てるから」

 ジナが枕の傍らで、覗き込むようにこちらを見ていた。差し込む夕日が、ほつれ髪に揺れている。アバロニダイバーの仕事を始めてから、俺はジナに紹介してもらった街外れの小屋で寝起きしている。せっかく一人暮らしになれたのに、仕事が終わるともう、何をする気力も無い。

「大変そうね」

 バスケットの中から、ワイルドベリーのパイを取り出し、テーブルに置く。ベリーの甘酸っぱい香りと、バターの香ばしさが鼻をくすぐる。ジナは炉に火を入れて、ポットをかけた。この小屋には一通り生活に必要なものが揃っている。『住んでいたことがあるの』、とジナは言う。

「有り難う。みんな元気?」

 のろのろと起き上がり、ジナからクンゼア茶を淹れたカップを受け取る。行儀悪く啜って、やっと目が覚めてくる。

「こっちは相変わらず。試作部品を使って実験してるけど上手くいかないとかなんとか」

 切り分けたパイを皿に乗せて、テーブルのこちら側でうつらうつらしている俺を呆れた優しい目で見る。

「リャンと話した?」

 名前を耳にして、俺は目を瞬かせた。ぐい、と背を伸ばす。

「うん、リャンがオルカを呼ぶところを見た。凄いな、本当にオルカたちが応えるんだ」

 サメが来る、と聞いて俺を船に押し戻し、リャンは波の向こうをめた。すう、と息を吸い込むと、俺たちの周りにまるで、大きな鳥が舞っているような声が響いた。いつもの怯えた声からは想像もつかない、高く澄んで空を駆ける声だ。すると、陽光で輝く湾口の水面がざばりと盛り上がり、二つのマダラな影が、こちらへ突進してきた。透明度の高い冷たい海の底で、鯱の強靭な体躯に迫られて、サメたちがもんどりをうって逃げ惑うのが見えた。


「そう、二頭……」

 パイを頬張っていた俺は、ジナの呟きに視線を上げた。

「うん、二頭だった」

 ジナは何か躊躇っているようだったが、俺の目を見て話し出す。

「三頭のはずなの、リャンの仲間のオルカは」

 俺はごくりと呑み込んだ。あと一頭はどこに行ったのだろう。

「今日セント・ヘレナに来たのは、サクにも会いたかったんだけど、リャンに頼まれごとをされたからなの」

 プライベートなことを話すけど、サクならリャンを助けることができると思うから。ジナは苦しそうに言った。

「鯱のを、ペンダントに加工して欲しいって、頼まれたの」

 理由は告げない。けれど、その鯱は恐らくもう、どこの海にもいないのだ。リャン、と俺は言葉も無く名を呼んだ。泣いていたのは、友達を失ったからなのか。どうして彼は、オルカにしか心を開かないのだろうか。

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