第18話 アバロニ・ダイバー①

 さらさらと光を弾いて風に揺れる銀糸のような花弁と、若い葉をそっと握ってぐ。ホワイト・クンゼアはタスマニアに特徴的な可愛らしい花だが、その香りとシトラスに似た風味で、調味料にも使われる。海岸沿いの茂みで、ジナと俺はせっせとクンゼアを摘んでいた。今が時期のクンゼアは、軽やかに甘い芳香を潮風に撒いている。低木に綿飴のように鈴なりに咲いている白い花が、ジナの縮れた黒髪に戯れて、とても綺麗だ。ジナはクンゼアから痛み止めオイルを作るのだという。


「ジナ、これ、ルカから」

 やっぱり渡さなきゃダメかなあ、なんで俺が。ここまで頭の中でぐるぐる考えていたのだが、俺は渋々ポケットから小さな包みを取り出して、ジナに差し出した。先日、セント・ヘレナへ赴いた際に、ルカから買い出しを頼まれたものだ。その上、今日ジナとクンゼア摘みに行くことが知れたら、代わりに渡してくれと言い出した。自分で渡せよ……あの野郎。

「何?」

「……ルカから贈り物」

 小布で包んであったのは、紫色のベロアのリボンだ。わざわざセント・ヘレナの雑貨店に取り寄せてもらったらしい。ジナの帽子に合うだろうからってさ、ルカが言ってた。ジナは大仰に、くっきりと清涼な眉を顰めた。

「ホント馬鹿ね、あいつ」

「俺もそう思う……あけっぴろげに見えて、シャイなんだよね〜」

 担いだ籠を花と葉でもさもさと満たしながら、二人でぼやく。当初ルカは、俺がジナと親しいことを警戒していたらしいのだが、今ではすっかり惚けを聞かせる相手にされてしまっている、ような気がする、本人は至って真面目なのだろうが。


「ペッパーベリーの林も見てきたけれど、熟するまでもう少しかかりそう」

「そう? もうすぐ使い切っちゃうから、間に合うといいんだけど」

 ペッパーベリー、山胡椒は、タスマニアに自生する植物の一つで、胡椒の代用品として使うことができる。採ってきた魚に振りかけて焼けば、男どもの胃袋を多少大人しくできる優れものだ。それに、黒真珠みたいな実は、彼を思い出させる。うーん、と俺は心中唸った。どうもあれから、彼のことばかり考えている気がする。

「あのさ、ジナ。セント・ヘレナの街にいる、もう一人のアジア人のこと知ってる?」

 なんやかんやと言いながら、早速帽子に紫のリボンを巻いたジナは、淡い白い輝きの中でこちらを振り仰ぎ、目をしばたかせた。

「もしかして、リャンに会ったの?」

「リャンっていうの? いや、話すことはできなかったんだけど」

 泣いていることに驚いて、あの場から逃げるように離れてしまったのは俺だ。アジア人らしい深く切れ込んだアーモンドアイに、襟首まで黒髪が掛かって、撫で肩の肌は蜜蝋色に濡れていた。それに何と言っても、彼が寄り添っていたものが忘れられない。

「リャンって、この辺りではよく知られているの? 清人チャイニーズ?」

 ジナは小首を傾げて、じっと俺を見上げる。睫毛の長い、大きな新月のような瞳には、隠し事なんて出来なさそうだ。

「そうね、知られているっていうか、畏れられているっていうか」

 彼、オルカ使いだから。

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