第16話 シップ・ビルダー③
久しぶりに夢を見た。こちらへ来てから毎日肉体的にも精神的にもキツくて眠りが深かったせいか、夢を見たような記憶が無いのだが、今夜は明るい水の中を揺蕩っているような不思議な夢で、目が覚めた。自分がどこにいるのか暫く思い出せない。暗がりの中目が慣れてきて、いつもの湿気臭い男部屋だと分かると、がっかりして、少し安心した。
あまり安らかとは言えないイビキをかく男たちを見渡し、やれやれと息を吐いたところで、窓から蝋燭の光が漏れている、つまり外のベンチに腰かけて何かやっている人物がいることに気が付いた。このところ毎晩こうだ。俺は薄い毛布を被ったまま、扉を出て、窓際まで回っていった。
「ルカ、寝ないと身体に悪い」
ルカがベンチで、ミスターローランドの置いていった書籍を開いてる。俺がやってきたのに気が付いて、悪びれず小声で笑う。
「聞いたか? ミスターローランドが“複式”をオーダーしたらしい」
「複式?」
「シリンダーが二つも三つも有る蒸気機関だ。最新式だぞ」
ルカの手元のページを覗き込むが、さっぱり分からない。蒸気機関といえば、歴史で習った紡績機や機関車のイメージだが、この頃は次々に開発が進んでいたのだろう。
「そのうち船も全部鉄製になっちまうかもな」
南十字を見上げて、ルカが浮かれたように言う。そうだよ、と同じく満天の星空を仰いで、俺は心の中で呟く。鉄の船を造って、鉄の飛行機を造って、もうすぐ人は世界中で戦争を始めるんだ。ルカみたいに、ただ科学技術の進歩に夢中になれたらよかったのだろうけれど、人はそれを己れの欲望を実現させる道具にしてしまった。それが、ミスターローランドとルカの、似ているけれど決定的に違うところだ。
「船ができたら、
本を抱え込むようにして読むルカの横顔を見ていて、俺は尋ねた。俺はずっと帰りたいと思ってきた。子供の頃に別の土地から連れてこられたルカなら、同じような気持ちを知っているかもしれない。ルカは視線をこちらへ上げると、少し考えるように眉根を寄せる。
「……見てみたいとは思う。随分変わっただろうから」
俺はもうヴァン・ディエメンで暮らしてる時間の方が長いし、まあ、どっちでもあんま良い思い出は無いけど、だけど
「もう、ここが故郷だからな」
どんな辺境だろうが、仕事が厳しかろうが、俺が『帰ってくる』のはここなんだと思う。未知のものを探しにいく意志を支えてくれるのは、ミスターローランドがいて、工場の仲間たちがいて、ジナがいて、ヴァン・ディエメンの森があって、海がある、ここが俺の故郷だからだ。
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