第15話 シップ・ビルダー②

 風が暖かくなってきた。俺が船を洗っている傍らで、ピット爺さんとルカは、中古のプロペラ台と製図をにらんでいる。

「船体側の強度がなあ」

 と、ピット爺さんは煙をくゆらす。

「海洋生物の付着や巻き込みも多そうですね」

 ルカが油で汚れた手をはたきながら言う。普段は一応男部屋のまとめ役でしっかりもののルカだが、どうも船や仕事にのめり込むと周りが見えなくなるらしい。それで家事が疎かになるんだな……と白目がちに見てやるが、本人は気付かない。また二人で軸がどうとか角度がどうとか話し出したので、俺はこっそり抜け出した。


 浅瀬で泳ごうかと思って岩場を歩いていくと、見覚えのある黒髪を靡かせて、人影がボートを漕ぎ出していた。干潮でも水の引かない、海底が一段深くなる辺りで泊まっているので、それほど遠くもない。目を凝らして見ると、海中からケルプ(昆布)を引き上げて何かしているようだった。

「ジナ! 何してるの」

 手を振って呼びかけると、黒光りする瞳が鬱陶しそうにこちらを向いた。

「“メイリナー”を採ってるの」

 メイリナー? 聞いたことがない。濡れたケルプを引き上げるのは、見たところ結構な重労働そうで、初めてここへ来た時に助けてもらったお礼も兼ねて手助けしたいのだが、彼女の頑なな性格では、これ以上質問を重ねても、ケンモホロロになりそうだった。

「!そっちこそ、何やってんの」

 水に入り、ジナのボートを目指して泳ぎ出す。水音を聞きつけたジナは、慌ててボートの縁から身体を乗り出した。あっという間に辿り着くが、海中の手脚にケルプが絡まってきてあまり気持ちよくない。

「メイリナーって何? 手伝うよ」

 さすがに女性一人のボートへ押しかけるのは憚られるので、俺は側に浮きながら尋ねる。ジナは焦った顔を呆れ顔で誤魔化して言った。

「ケルプに付いてる巻貝を採ってるの」

 なるほど、ボートに置かれた籠の中には、小指一関節ほどの大きさの巻貝が幾つも入っている。

「食べられるの?」

「ネックレスにする。私たち《パラワ》の伝統工芸なの」

 視線を逸らして言いにくそうなのは、多分これまで好意的に受け取られてこなかったからだろう。ミスターローランドの工場では何人かの先住民パラワの人々が働いているようなのだが、みんな積極的に出自を語ろうとしないので、ジナ以外に親しく話したことがない。

「上手く見つけられるか分からないけど、集めてみる」

 ジナが返答する前に、俺はケルプの林へ潜りこんだ。水面へと伸びて揺れるケルプは、光の波をつくって神秘的だ。その間をぬって、魚たちがゆったりと泳いでいく。ときどきケルプの滑らかな表面に、流れ星のようにちかちか小さく瞬いて見えるものがある。あれがメイリナー、虹貝だ。

「サク!」

 しばらく貝を集めることに没頭していると、呼吸のために水面に上がった途端、ルカの不機嫌な声がした。

「持ち場へ戻れ! ……ジナも」

 岩場から声を張り上げるルカはしかし、ジナに睨まれると威勢が無くなってしまう。もうここで働いて何週間か経つので、噂話だけでなく二人の態度を見ていても分かる。ルカの感情はただ漏れだ。ジナは、と俺は浮かびながら盗み見て溜息を吐く。内心いろいろ気にしているのだと思う。現代だったら、きっとさほど困難もないのだろうに。元囚人の彼と先住民パラワの伝統を受け継ぐ彼女、どんな過去があろうとも、二人は俺を助けてくれた、大切な友人だ。

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