第4話 ブッシュ・レンジャー①

 ミスターウィリアムズは仕立てテイラーだ。と言っても、エスク川沿いの下層住民街に小さな店を構えて、住民の礼服を見繕ってやったり、細々とした仕立て直しをしているので、ほとんど利益にはなっていないと思う。

「へっぴり腰だねえ。そんなんでアッチのほうは大丈夫なのかい」

 寝る場所を貸してもらって、何もしないわけにはいかない。けれども裁縫などしたこともないので、何かできることはないかと相談してみたら、サリーを紹介してくれた。サリーはマットの奥さんで、この辺りの洗濯婦を仕切っているのだという。川原で洗濯板とタライを使い、泥だらけの衣服や染め工程から上がってきた布を洗う。サリーの言いように、周りの女性たちがどっと笑った。

「日本はよっぽどいいところなんだね、男でもそれだけキレイにしてられるんだから」

 ひとしきり笑った後、まだ少女のように若い洗濯婦の一人がぽそりと呟いた。サリーは彼女の引っ詰めから溢れた髪を、指で梳いてやる。

「ここだってもうすぐ良くなるさ。もう少しの辛抱だよ」

 洗濯婦たちは皆働きものだ。早朝畑に出て、それから洗濯し、午後は畑か荷役で、夜働く者もいる。良い陽気のなか,、お喋りしながら洗濯をするのは、体力的にはしんどいが、彼女たちにとっては楽しい時間なのかもしれなかった。


「誰か!」

 ロープに洗った洗濯ものを干していると、大声で呼ばわる声がした。洗濯婦たちは顔を見合わせ、それから一人が上流の川面を指差す。水しぶきが上がっている。林の向こうでボート遊びをしていた子どもが、川に落ちて流されているのだ。……当然だが、俺のやっている競技水泳は、川や海を泳ぐものではない。よくニュースになるように、助けようとした人間も溺れてしまうようなこともある。オーストラリアでは、セーフガードが監視している場所でなければ、遊泳してはいけないことになっている。そう、現在のオーストラリアでは。俺は川原の草を蹴って、水に跳び込んだ。

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