第3話 “ヴァン・ディエメン”②

 これは友人がよく読んでいる『異世界転生』とか『タイムリープ』とか言うやつなのだろうか。呆然としている俺を見て、銃を担いだ男は態とらしい溜め息をついた。

「打ちどころが悪かったのかね? それとも蛇か虫の毒が回ったか」

「少し様子を見た方がいいだろう。私の家においで」

 立てるかい、ウィリアムズに腕を引かれて立ち上がる。一歩距離を置く男たちを改めて見回せば、みんな筋張った手脚をしているものの、顔色は悪く、埃っぽい皮膚には深い皺が刻まれている。しかし落ち窪んだ目はどれも、ぎらぎらと底光りしているようだった。

「屯所の前に放り出しときゃいいさ。旦那は人が善すぎだぜ、そのうち自分の食い扶持もくれちまうつもりだろ」

「人のこと言えんだろう、マット。集落で養える人の数はとっくに超えてしまっている」

 マットと呼ばれた銃を担いだ男は、苦虫を噛み潰したような顔をした。八つ当たり気味にこちらへ話を振ってくる。

「お前、何ができる。武器えものは何だ」

 自分に何ができるか。財布も携帯電話も無い、大学での専攻は国際貿易学なのでその分野には多少知識が有るが、ここで役立つ気がしない。

「……泳ぎなら」

 それも他の選手たちに比べたら何とも言えないが、身体一つで出来ることと言ったら、自分にはそれしかない。マットはぼさぼさと汚れた髪をかき混ぜて唸った。

「泳いで強盗ができるか、海賊かよ? ローセスタンにゃ、海はえ」

 強盗。そうだ思い出した、アメリカが独立してから、イギリスは犯罪者をオーストラリアへ送るようになった。タスマニアは更に海峡で隔てられており、恐れと共に呼ばわるその名は“ヴァン・ディエメンズ・ランド”。

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