友人②


「まったく、私だって5万持ってきているんだ、そこまで気を使わなくていいのに……」


「いやいや、自己破産するレベルで困窮している友達に金払わせるのは俺の良心に反するって」


 居酒屋のテーブルで、定食屋を出るときの問答を蒸し返す。

 町田の言う事も分からないでもないが、まだ俺は自己破産していないのだ。自分の飲み食いした分は自分で支払いたい。


「というか、結局俺が折れて定食屋での支払いは自分でしていたじゃないか」


「折れたとか言うんじゃない、妥協点を決めたんだ。こっちの居酒屋での支払いは町田がするんだろう?」


 定食屋の支払いは各自で、それ以降の飲み代は町田が持つ。そういうことになった。

 元より貧乏旅行の予定だったのだ、ここで1万2万失おうと問題ないのだが、奢ってくれるというのは素直に嬉しい。


「よし、高い酒頼むか。何があるかな……と」


「オイオイオイ、さっきの慎み深さはどこ行ったよ? 俺の財布にも限界はあるからな?」


「ハッハッ、新鋭の農家様が何を仰る。テレビや新聞の取材受けているのは知っているぞ」


「この辺で若いのが少ないから来ただけだよ。記事で讃えられるほど成功している訳じゃない」


 こう謙遜しているが、実際はかなりの成功者だ。親から受け継いだ農地を維持するだけでなく、周辺の耕作放棄地や継ぎ手のいない農地を買い取り、人を雇って規模を拡大。

 生産した作物を自家加工してブランドを展開、6次産業化する事にも成功している。目新しい施策ではないが、定番で有効な施策を手堅く実施している。


「高い酒飲むのは冗談だとして、嘘はいけないよ嘘は。君が成功者じゃなかったら、ここ10年は農業で成功した人間なんて居ないことになるじゃないか」


「いやいや、偶然の積み重なりの結果に過ぎないんだよ、本当に。自身の力で成し遂げた成功だなんて誇る気にはとてもなれない」


 曰く、彼の成功は親から農地を引き継ぎ、さりとて引退するにはまだ早い両親という熟練かつ信頼性の高い人手があり、両親が関係を良好に保っていた近隣農家の協力があった為に出来た事だと。成功の要因はほとんど生まれと親の力によるものだと言う。

 しかし、だ。酔いが回ってやや荒くなった口調で町田に反論する。


「馬鹿言っちゃあいけねぇよ、町田ァ。同じ境遇でそれが出来ない人間がどれだけ居ると思っているんだ? それにな、町田。友達が祝ってるんだ、素直に喜べよ」


「金谷は相変わらず酒が入ると荒れるねえ。まあ、分かったよ。祝ってくれてありがとう」


「おうおう、喜べ喜べ。……そういや、嫁さんとは上手くやれてるのか? 結婚式以来見てないが」


 町田は今から6年ほど前、実家の農業を継ぐ直前に結婚している。町田が大学時代から付き合っていた2つ下の後輩は、町田が田舎に引っ込んで農家になる事を告げても恋慕を失わず見事ゴールインした。

 大学時代町田に着いて来て、何度か一緒に遊んだ事もあるが、今はどうしているのだろうか?


「ああ、由希かい? 実は今妊娠していてね、家でゆっくりしているよ」


「おお、子供出来たのか! おめでとう! 」


「ありがとう。由希はずっと欲しがってたんだけどね、結婚から随分と待たせちゃったよ」


「仕方ないだろう、結婚の前後で環境が一変したんだ。……いやあ、それにしても町田が遂に子供かあ。月日の流れを感じるなあ」


 思えば卒業から12年、我々は皆おっさんの領域に足を踏み入れ、私はその月日の大半を仕事に捧げてきた。

 友人も忙しく働き疎遠になり、さりとて彼女もいない。そんな環境で少し、感覚が麻痺していたのかもしれない。


「そろそろ俺の話はいいよ、金谷の話しようぜ」


「私の話かい? 自己破産する以外に言うことねえよ」


「それだけってことは無いだろう。その後やりたい事とかさぁ」


「やりたいこと、ねぇ……。そうだな――――」


◇◆◇


 私が自己破産後にしたいこと、前の会社への愚痴、町田の事業の展望、子供の名前、大学時代の思い出――――。結婚式以来6年ぶりの再会は、話題が尽きなかった。

 しかし、どんな楽しい時間にも終わりは訪れるものだ。日付を跨ぎ、居酒屋の営業時間が終われば、自然と場は解散の流れになった。


「家に泊まっていってもいいぞ? 布団ぐらいはある」


「馬鹿言え、大学時代の町田の部屋ならともかく、この時間に妻帯者の家上がり込んで寝るほど図太くないや」


「別に問題ないと思うけどなあ、まったく強情な奴だ」


「高い倫理観を持っていると言いたまえ、町田よ」


 失礼な奴だ、人の配慮を強情で片付けやがって。夫婦仲に亀裂が入っても知らんぞ?……まあ確かに、彼女は町田大好き、町田一番な人間だったから、町田が呼んだなら許しそうな感じはするが。

 しかしそれに甘えるのは私の良心が咎める。素直にその辺のカプセルホテルにでも転がり込もう。


「今日は楽しかったよ、町田。嫁さんによろしく。元気でな」


 駅前のタクシー乗り場まで一緒に歩き、そこで別れを告げる。もしかしたら今生の別れとなるかもしれない。しかし、このくらいが我々には丁度良い。


「ああ、俺も楽しかったよ、金谷。


 そう言って町田はタクシーを走らせた。

 念押しするかのような「またな」。結局最後まで考えを読みきられた気がして、不愉快なような愉快なような、不思議な笑いが込み上げてきた。

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