友人①


「久しぶりだな、金谷!」


 仙台駅西口前、通勤通学者が増え混雑し始めた5時の仙台駅で、先に相手を見つけたのは町田の方だった。

 久しぶりに見た町田は、農作業のおかげか大学の頃より日に焼け、体つきががっしりとしていた。


「おお、町田だ! 何かゴツくなったなあ!」


「そりゃあかれこれ10年は農作業してるからなあ、ゴツくもなるさ。そっちも元気そうで良かった!」


 退職して以来半年近く、店員とハローワークの職員を除けば初めて人と言葉を交わしたかもしれない。旧友との再会と合わせて、胸が熱くなる。


 再会を祝うのもそこそこに、夕食を摂るため駅の近くにある飲食店へ向かう。私が希望した通り、牛タンの美味しい店のようだ。


「ご注文お伺いします」


「牛タン定食と生ビール一つ。金谷はどうする?」


 掘りごたつ式のテーブルに着くと、町田は席に案内してくれた店員さんにそのまま注文を頼む。

 テーブルの端に置いてあるメニュー表を眺めるが、一番オススメされているのは町田の頼んだ牛タン定食のようだ。


「うーん、とりあえず同じので」


「かしこまりました」


 店のオススメは大抵外れない、変に冒険する必要はないだろう。

 店員がテーブルから離れると、町田が話を切り出した。


「それで、金谷。何だっていま時期東北に来たんだい? 再就職できたって訳じゃないんだろう?」


「ああ、まだ無職のままさ」


「なら、どうして?」


「……まあ、とりあえず乾杯しよう」


 一足先に届いた生ビールを掲げて言う。話を外らしたことにやや不満気ではあるが、町田も続いてビールを掲げた。


『乾杯!』


 ジョッキを打ち合わせて、2口3口。炭酸とアルコールが喉を降りていく感触を味わう。


「で? どうなんだ?」


「……まあ、端的に言えば、だ。来月俺は破産する」


 町田の問いに、簡潔な回答をする。町田は驚いているが、半ば予想が付いていたのかそこまで大きな動揺は見せない。


「……やっぱり、そうなるか」


「ああ。頼れる親類もなく、収入が回復する見込みもないんだ。どうしようもないさ」


「そうだよなあ……。何と言えばいいか」


 町田は反応に困っているようだ。まあ、誰だって友人から自己破産を打ち明けられたら、反応に困るだろう。私だってそうだ。


「変に励まさないでくれよ? 自分の中で整理を着けてる最中なんだ。この再会を嫌な思い出にしたくない」


「分かった。それで、これからどうする予定なんだ?」


「明日以降の予定と、自己破産手続きを終わらせた後、どっちの話だい?」


「両方だ」


 これからの予定、か。明日以降の予定は何となく決まっているが、自己破産を終えた後の予定なんて何も立てていない。

 話している間に届いた牛タン定食を食べながら、答え始める。


「うーん、自己破産後の予定は特に無いなあ。自分がその頃何が出来るのかも良く分からんし。コンビニかどこかでアルバイトしてるんじゃないか?」


「……それもそうか。じゃあ、自己破産までは?」


「来月まで残り1週間弱、東北を適当に旅しようと思ってるよ。最終目的地は津軽海峡の予定だ」


「津軽海峡ね。さては、特段行きたい所も思い付かないから、とりあえず本州の端の方まで見に行こうって魂胆だな?」


 付き合いが長いからか、いとも容易く目的を見抜かれた。思わず笑ってしまう。


「ハハッ、バレたか」


「相変わらず分かりやすい奴だなあ、金谷は」


「皆に言われるけど、私はそんなに分かりやすい人間なのか?」


 町田をはじめとした大学時代の友人は勿論、会社の同僚や上司・部下にまで似たような事を言われてきた。そんなにか?


「ああ、分かりやすいね。本当に分かりやすい。規則に従順で、仕事や他者には几帳面だが私事には適当で見切り発車が多い」


「挙げられたことはおおむね自覚ある事柄なんだが、そこから分かりやすいって言われると複雑な気分だな」


「だろう? オマケに表情がコロコロ変わるんだ。ババ抜きやポーカーで勝てた事があるかい?」


「殆ど無いね。大学で飯賭けて勝負する時は、読み合いになる勝負を可能な限り避けてきた」


 大学時代、ポーカーで負け込んで不機嫌な私に、苦笑いの友人が指摘して以来、読み合いが必要な勝負は避けてきた。改善できないものかと試行錯誤もしたが、大一番になるとどうやっても顔に出るらしく、本当に勝てなかった。


「当時はご馳走になったよ。……あれが原因で借金の総額が増えていると思うと、申し訳なく思うが」


「馬鹿にするんじゃない、町田。過程はさておき、全て私の意思で支払ってきたんだ。それに、一方的に奢り続けていた訳でもない。奨学金の振り込み直前は私だって皆に頼っていた」


「それはそうだが……」


「どれだけ借金を積み上げようと、私は大学生になりたかったんだよ。施設育ちとして疎外されてきた高校までと違った、友人と頼り頼られ、一緒に遊べるような大学生にね」


 そう、大学生時代の奨学金は、私が切り詰めようと思えば切り詰められた。友人と遊ぶ時間を削れば、あるいはその削った時間にアルバイトの1つでもやっていれば、借金の総額は大きく減っていただろう。

 だが、そうはしなかった。私にとって大学生活は、就職の為の資格取得の場でも、学習に集中できる最後の場でもあったが、それ以上に対等な関係の友人を得て一緒に遊べる最後のチャンスであったのだ。

 大学時代は充実したものであったし、自己破産するに至った今でも後悔はない。


「なら、俺が謝罪するのも筋違いだな。悪かった」


「分かってくれたならいいさ。……定食も食べ終えた事だし、近くの居酒屋にでも行って飲みなおさないか?」


 町田は少し考えて、1つ頷いてこう返答した。


「いいね、行こう! 今日はとことん飲むぞ!」

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