【リングファック】ゴールデンウィークも朝活ですわよ~!【にじこん/四十八手院カリン】

 ──にじこん事務所ビル内部、モーションキャプチャースタジオ。


 その情報が朱雀院華燐わたくしの元に飛び込んで来たのは、朝活リングファック配信──ゲームの指示通りに身体を動かしつつ、リングの上で相手を分からせる対戦型フィットメスゲームの真っ最中でした。


『ラストはスクワット! 両手を頭の後ろに組んで、足を開いてガニ股に。腰の反り過ぎや膝が前に出ないように注意して! ──相手はもう限界ね、次の攻撃で貴女の勝ちよ! 頑張って!』


「はぁ、はぁ……! じ、上等ですわ~!」


 息を整え、お腹に力を入れて姿勢を保つ。……ってあら、実家から着信が。一体なんですの? こちとら配信中でしてよ。


『準備が出来たら、連続でお尻を叩き付けてフィニッシュよ! ──それじゃあスタート!』


「え、ちょ待っ……」


 音こそ切ってあるものの、忙しなくお通知が届くスマホに意識を向けていた間にゲームが進行。オラついたナビゲーターが勝手にカウントを始めてしまう。


『いっち、にぃ、さん、しっ──オラッ♡ オラッ♡ どうだっ、参ったか♡』


「くっ……! ふんっ、へぁっ、はうっ、ひぐっ──ん゛あ゛っ、ん゛お゛っ、お゛う゛っ、お゛お゛っ!?」


 ちょっと! 急かされたせいでお優雅でない声が出ちゃったじゃありませんの!?


分からせ完了ミッションコンプリート! ──籍を変えるんだな、お前にも家族が出来るんだから♡(勝利ボイス)』


 ど、どうにか勝ちを拾えましたわ……。皆様には申し訳ないですが、念のため通知を確認した方が良いかしら。


チャット▼

・へいへい、声もスープも濁ってんぞ

・もっと気合入れて鶏油を絞り出せ

・このAI、中にヒトメス入ってない?

・お嬢ナイスファイト!

・でもこれ、シェイプアップというかヒップアップのメニューでは……

・まあ継続は乳首なりみたいなことは宇宙人も言ってたし

・オスの上にも三年って言葉もあるし

・¥10,000 尻も積もれば邪魔となる

・実際お嬢の尻って今どんだけデカいんですわ?

・¥110


「そこ、意味深な数字のスパチャはお止めなさい! あのー、わたくし少々お仕事の連絡が来ちゃいまして、一瞬だけ席を外させていただきますわ~」


 …………。

 ……。


 配信をミュートにしたのを確認し、スタジオを出たわたくしは私物のスマホを手に取る。数回のコール──を待つことすらなく、


「ちょっとお姉様、わたくし今配信中『お゛と゛う゛と゛く゛ん゛か゛い゛な゛く゛な゛っ゛た゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛~!!!!』──ってうるさっ!?」


 お耳の膜がないなってしまいますわ!?





 開幕から既に泣きが入っている様子の通話相手は、朱雀院家の現当主──わたくしの一番上の姉に当たる人物でした。


「……で、一体何がどうしたってんですの?」


『だからぁ! 弟くんが居なくなってしまったのだ!』


 彼女が普段口にする『弟くん』には幾つかのニュアンスが存在するのですが、この場合は朱雀院家の末っ子にしてお父様以外の唯一の男子──つまりわたくしの実弟を指すのでしょう。


「あの子が居なくなったって……まさか誘拐!?」


『ま、待て! そういうのとはちょっと違う……』


 わたくしの緊急ゲージがもりもり下がって行くのを感じますわ。ことの背景は未だに不明ですが、つまりは自分の意思と。これ何か隠してますわね……。


「……お姉様、素直におゲロなさい。またぞろ一緒にお風呂に入ろうとして、プチ家出されたとかではなくて?」


『それはお姉ちゃんとして当然の権利だろうが! というか偶には貴様も顔を出せ!』


「どうせ同じ都内に居ると思うと、逆にかったるいんですのよね……」


『なら貴様は別に構わん、アラヤくんだけ置いて帰れ。弟にする』


「そんなんだから当主の癖に、下のお姉様に婚活で先を越されるんですわよ! バーカ、バーカ!!」


『妹よ、事実で殴るのは止めるんだ。それは私に効く』


 普段は若き財閥総帥として、『……うむ』と厳かな態度で辣腕を振るっているお姉様。ですが身内の前しか見せないその本性は、気に入った歳下の殿方を弟にしようと企むただのヤベー女ですの。


 我がにじこんの蜜水さんと少し似た部分もありますが……。子供ウケの良い彼女と違い、何をせずとも子供に泣かれ、大人には財布を差し出させる手合いの我が長姉は、何人か快楽の海に沈めていそうな眼光鋭きラスボス顔。まるでお話になりませんわね。


『とにかく、本当に私は悪くない。話を戻すが……調べによるとあの子──というより彼らだが、どうやら修学旅行の行き先に不満があったようでな』


「はい?」


 お姉様のお口から詳しい事情が語られる。何でも弟は旅行先に見切りを付けた友人たちに唆され、一緒に外泊計画を練っていたらしく。それ自体は別に構わないのですが問題は、


『付けていた護衛が……撒かれた……』


「このお馬鹿ッ!」


『仕方ないだろう!? これだけのために男の使用人まで用意するとか、いくら私でも想定外に過ぎる!』


 善意の協力者とでも言うのでしょうか。その使用人は弟たちの外出に合わせ、事前に休暇を申請。偶然の出会いを装い護衛(未婚女子)の気を引いている隙に、彼らはあらかじめ待機させておいたタクシーに乗って移動……ってやっぱり誘拐の手口でしょこれ!?


「ええ……。それでゴールデンウィークに男子だけで小旅行の計画を? 護衛の目が煩わしく感じるのは分からなくもないですけど、よりにもよって"六月の花婿"が控えたこの時期に子供たちだけというのは……」


 六月の花婿とは──神話の勝ち組女神の逸話になぞらえたジンクスで、この時期に婚姻や婚約を成立させた男女は生涯性的な困難とは無縁であるとの伝説がありますの。ですので未婚の男子を持つ家には、縁起を担ぎ艶技を尊ぶ名家や良家からお見合いの要望がたぷたぷ届く。それを千切っては燃やし、破っては焼くのがある種の風物詩となっている側面もありますが……。


『ああ。近頃は、幼い少年を狙って直接言質を取ろうと目論む秘密結社の噂も聞く。用心に越したことはない』


 まあ! 若い殿方に『お姉ちゃん』と呼ばせようとするお姉様のご同輩ですわね~! ってどちゃくそ言いたくなったけど、ギリギリのところで耐えたわたくし偉い。


『そこで華燐。信頼出来る妹と見込んで、貴様にはすぐに弟くんたちを追いかけて確保──可能であれば、気付かれずに見守りをして貰いたい』


「えっ、わたくしが行くんですの!? ……全く、一体何処のジャリですの? うちの素直な弟を誑かした悪いお友達は!」


『私の弟になってくれない、龍宮と大河の末っ子だ。俗に言うホワイト世代というやつだな』


 朱雀院、龍宮、大河──それぞれ同時期に男児が生まれたため、弟たちは奇跡のホワイト世代と呼ばれてますの。確か亀甲寺にも歳の近い子供がいた筈ですが、そちらは女児。当初はどの家と繋がるのかと注視されていましたが、没落で有耶無耶になりましたわね。わたくしも何度か遊び相手になってあげた記憶があるのですが、今はどうしているやら……。


『……私の記憶では、華燐と龍宮の御令嬢が顔を合わせる度にマウント合戦を始めるのを危惧した結果、下の世代の距離を近いものとする流れになったと思うのだが──』


「よーし、このわたくしに全てお任せあそばせ! どうかお姉様は吉報を待っていてくださいまし!」


『う、うむ……。本音を言えば、弟くんの窮地ともなれば私自らが赴きたいところだが……場所が問題でな』


「あら、もう掴んでいるとは思いませんでしたわ」


『ふふ、知恵が回るとはいえまだ初等部だ。スマホのGPSが生きていたよ。……あ゛あ゛も゛う゛可゛愛゛い゛な゛ぁ゛、弟゛き゛ゅ゛ん゛は゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

 

「うるせえ! 通話中に発作を起こすんじゃねーですのよ!!」


『──こほん、場所は東京ユニコーンリゾートだ。あそこなら財閥関係者は多少融通が利くからな、あの子らなりに身の安全と利便性を考えた結果なのだろう』


「ああ……。それは確かにお姉様が行くと、秒で警備員に取り押さえられますわね……」


『私だって気にしていないワケじゃないんだぞ……? ええい、とにかく頼む。生憎とすぐに動かせる部下は皆、情報規制と他家への牽制を任せていてな。下手に財閥の組織力を使うと、話が広がっていらん下乳を出す者まで現れかねん。その点、貴様の事務所は一枚岩だろう』


「わたくしの箱を自由業みたいに言うの止めてくださいません? そもそもわたくし、今配信中なんですがそれは……」


 そんな風に言い淀んでいると、


「──話は聞かせていただきました」


「そ、その声は──!?」


 背後に現れるは、黒髪靡かせロングスカートをふわりと持ち上げるメイドの姿。


「不肖、この私が配信の続きを受け持ちましょう。お嬢様はさっさとそのメス臭い身体をシャワーで清めた後出発して下さい」


「言い方!」


 最近は自らをメイドのメイちゃんなどと嘯く専属秘書が、【女豹が如く】のラストバトルみたいなノリでメイド服をバサッと脱ぎ捨て、一瞬でガーターベルト付きの下着姿に。トラッキング機材をテキパキと装着する。


「いやあの……え、マジでわたくしの代わりに配信する気ですの!?」


「問題ありません。配信中にドカ食いしたお嬢様が血糖値スパイクで寝落ちした際、お嬢様のフリをして配信を続けてみたら意外とバレなかった経験がありますので」


「おめー何してくれちゃってますの!? ……わたくしのせいか!」


 事故ってホントごめんなさいね!


「あら? でもそれなら、わたくしの代理で貴女が行けば──」


 そこまで言うと、メイド(スケベ下着)がプイッとそっぽを向いた。実際言った。


「……プイッ。確かに弟様の一大事ではありますが、まだ幼い身。貞操の心配はありません。それよりも、人混みは疲れるので嫌です」


 こいつ……!

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