おおとりランド そのよん

 曖昧に濁したのが良くなかったのか。より一層の関心を示した結さんが詰めて来る。


「……くんくん、怪しいですね。そういえば初めてお見かけした時も、何やらただならぬ関係を匂わせていたような……」


「あ、そこ掘り返すんだ」


 流石に出会い頭の記憶ともなると、そう簡単には忘れてくれなかった模様。大人しく化石になって、ドスケベトプスと仲良く地中深くに埋まっていればよかったのに……。


 しかし蜜水もまたにじこんの者。こと性癖が絡むにおいて、そのしぶとさは根を張り巡らせること雑草の如し。


「ふっふっふ、バレちゃったなら仕方ない。──何を隠そう、私たちは義兄妹の契りを結んだ仲でねっ!」


「そうなのですか!?」


 何か身に覚えのない設定がニョキッと生えてきた……。もうこの際、それで上手く誤魔化せるなら多少の脚色は仕方がないものと受け入れるまで──、

 

「そうなのです! しかも彼はシスコンで、世界中の女の子を自分の妹にするっていう壮大な野望を持っているんだよ……!」


 いや盛り過ぎぃ! 話特盛りじゃねーか、このお調子者め。別に姉も好きだよ。


「それに性書を作ったエロい人も言ってるでしょ? 『人類みな竿姉妹』って」


「ただのアダルト作家じゃん」


 あと俺が率先して増やしているみたいな言い方は止めなさい。……いやまあ、これがセフレの者共を指しているのだとすれば、一概に否定も出来ない気もするが。チャンネル登録的な意味で。


 そしてまんまと信じてしまったちびっこが約一名。


「わぁ……! お兄様、格好良いです! そんな週刊少女ピストン漫画雑誌に出て来るような男の人、アラヤ様の配信でしか見たことありませ──あれれ? だとすると、アラヤ様と似たお考えを持つお兄様は一体──」


「……あれ? もしかしておねーさん、また余計なこと言っちゃった?」


 しまった、勘のいいメスガキだ! 今の妄言から何をどうやってそんな本当のことに行き着いたのかは不明だが、少なくとも事態が悪化したことだけは伝わった。でも配信でそんなことは一度も──言ってそうだな、うん。結構な頻度で抜けとかシコれとか言ってる気がするわ。


 男性VTuberは世のオタクちゃんたちに日々の潤い(意味深)を与えると共に、今夜のオカズを一品添える大袈裟なお仕事だ。

 彼女が俺のリスナー、即ちセフレの者と判明した以上なんとしてでも中身バレは阻止せねば。折角アラヤくんを見に来てくれているのに、身内の姿がチラくようになっては配信も楽しめまい。……義妹がセフレの字面から漂う手遅れ感よ。異世界フレンズね。


 俺は美少女探偵の推理を有耶無耶にすべく、その小さな肩に五指を置いた。声量を抑えて額を寄せつつ、内緒話スタイルへと移行。


「結ちゃん、ここだけの秘密なんだけどさ」


「はひっ! お兄様のお顔が目の前に……。こ、これはまさかリアルガチ恋距離……!?」


 許せ結ちゃん。妹の夢を守るため、蜜水とかいう二期生の盛りアーティに加担することしか出来ないこの兄を。


「実は番組を卒業した"お義姉さん"は、変身が解けて"義妹いもうと"になってしまうんだ」


「くっ、静まりなさいわたしの身体……! で、でもちゅーだけなら──……そんなことあります!?」 


 我ながら頭のおかしいことを口にしている自覚はあるが、大事なのは勢いだ。何やらもにょもにょと落ち着きのない様子から見て、効果があるのは間違いない。このままゴリ押しで丸め込むべし。


「これはバランスの問題なんだ。瑞葉が皆の"ひびきお義姉さん"を頑張った分、今度は"新妹のひびきちゃん"として扱ってあげないと。さもなくば……」


「……ごくり、一体どうなってしまうのですか……?」


「このままでは彼女は、あらゆる乳房を垂れさせる恐怖の存在──【Titty-劣化ス】として君臨することに……!」


「な、なんですって──!?」


「……あの、ホント反省しますので。そのシリーズにおねーさんを並べるのだけはどうか許して……」


 お前が盛り始めた物語だぞ。言い出しっぺが正気に戻るな。


「事態は一刻を争う。さあ結ちゃん、君も早く瑞葉のことを妹にするんだ!」


「え、わたしの妹なんですか!? それにしてはさっきから、ご自分で『おねーさん』と主張していますけど……」


「か、仮におねーさんであったとしても、おねーさんという名の妹だよ!」


 単に前職の癖が抜けないか、それとも大人を自覚する理性の最後の抵抗が一人称として現れているのか。慌てて飛び出た野生のみつみんがインターセプト。どこぞのクマ公みたいな台詞を吐く。行けみつみん、妹になる攻撃!


 スススっと距離を詰めた蜜水が、ハンドバッグから何やら紙切れを取り出した。……そこは谷間からじゃないんだ。ごく自然にそんなことを思った俺は、もう壊れているのかもしれない。


「こちら、つまらないものですがお近付きの印に……」


「こ、これは──高級ランジェリーショップの商品券です!」


 シンプルに袖の下。


「結お姉ちゃんくらいの学年なら、そろそろキャミやスポブラ以外も欲しくなる頃じゃないかな? 良い物を知ってるとやっぱり違うし、今度おにいちゃんに連れて行って貰うといいよ!」


 こちらを伺うような表情を作る結ちゃん。……連れて行く分には別に構わないのだが、どうせすぐに大きくなるだけでは──イカン、今のは良くない考え方だった。少年少女の発育を嘆いていいのは、ロリコンショタコンと呼ばれる覚悟のある奴だけだ。


 俺が鷹揚に頷いて見せると、喜色を浮かべたちびっこが両腕を広げて新たな妹の存在を歓迎した。

 

「い、妹よ──!!」


「お姉ちゃん──!!」


 ガッと熱い抱擁を交わすふたり。この手に限る。


「実はわたし、前から妹が欲しかったんです! もちろん素敵なお兄様が出来たのは本当に嬉しいですし、ついでに弟も欲しいのですが!」


 俺が言うのもなんだけど、ちょっと心配になるレベルでチョロいなこの娘……。


「実は私も、前から妹になりたかったもので!」


「それは知ってる」


 あと結ちゃんの希望に関しては、そう遠くないうちに叶うと思うよ。


 彼女を預かっている間、本来の保護者がどうしているかと言えば……。あちらはあちらで、この機に一足遅いハムーンの真っ最中だ。どちらが製造されるかは定かでないが、何が起きるかは推して知るべし。


 ……なにはともあれ、これで俺とアラヤくんの関連性は誤魔化せたな、ヨシ!

 代償として、いよいよ妹を名乗る不審者を認知せねばならなくなったが──役の名前と頭では理解していても、リアル妹が事ある毎に同期を"お義姉さん"と呼ぶ、大変落ち着かない状況を抜け出せたしまあいいだろう。……いいよね? 


「ひびきちゃん!」


「結お姉ちゃん!」


 得てして子供に好かれる大人とは、同じ目線で接してくれる人物だ。教育番組で培った包容力は背伸びしたい歳頃の少女の心を掴み、元カリスマの残念な素の表情は親近感を抱かせる。手を合わせてキャッキャと共鳴する姿は本物の姉妹と見紛うほどだ。


 何故だろう、言葉にすると『意外と子供っぽいところがある甘えたがりのお姉さん』っていう王道極まりない属性の筈なのだが、酷く腑に落ちないものを感じてしまうのは。やはりオギャりか……。幼児退行の傷は深い。


 ……まあそれは置いとくとして。流石に目立って来たし、いい加減ここから離れない? ほら、通りすがりの少年グループも不思議な生き物を見るような目をしてるじゃん。

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