おおとりランド そのさん

 ──先日のことである。

 ゴールデンウィークに備えてスケジュールの調整をする最中、俺はふと思った。


 折角の大型連休、初日から配信を休むというのは果たしていかがなものだろうか、と。


 話の流れとはいえ、蜜水にも似たようなことを言った手前もある。もちろん彼女は今回誘った張本人、その点に言及することは有り得ないし、俺とて別に毎日欠かさず配信しているワケでもない。


 だが此度はデビューして最初のゴールデンウィーク。多少は気持ちも入ろうというもの。

 

 それに近頃はこういった連休を自宅で過ごす人も珍しくない。

 時間がある日にまとめて見ようと先送りにしていたアニメや海外ドラマ、サブスクに並んだ話題の映画。積みゲーの消化にソシャゲのイベント。友達と遊ぶにしても、今はオンラインマルチにボイスチャットが当たり前。通信ケーブルだのアドホック通信だのといったオーパーツのために、わざわざ互いの家を行き来する必要もない。


 混雑を厭うて巣篭もりしたとて、娯楽に事欠かない現代。推しの配信もそのひとつだ。とかくVTuberの多くはこの時期、個人企画や箱内での大会とイベントも目白押し。


 にじこん動物園などと揶揄される我々も負けてはいられない。まあ見る娯楽って意味では割と正鵠を射ている気もするが。ともあれ俺含め諸般の事情により、にじこんのGW戦略は運営が携わる企画を連休後半に配置。前半は各々自由に配信やコラボ、人によっては帰省の機会に当てる形と相成った。


 ……しかし前述の通り、開幕から穴を開けるのはいただけない。うちのメインリスナーは性欲旺盛なヒトメスなので、だったら膜に穴を開けろとまたぞろスパチャで詰められかねん。


 さてどうしたものかと悩んだ末、俺は閃いた。──そうだ、朝活をしよう。





 朝活、即ち朝の配信活動。

 午前中、あるいはお昼頃から長めの予定が控えている際によく使われる手で、他にも不規則になりがちな体内時計を整える目的だったり、通勤や通学前の時間を狙って定期コンテンツ化しているVTuberも少なくはない。


 内容は短めの雑談やリスナーのお見送りが主だが、企業系なんかは箱内の出来事をネタにニュース番組風に取り上げるといったユニークなものも。朝からゲーム実況をしているパターンもあれば、なんなら夜からずっと配信してるから実質朝枠だよね! などと言ってのける配信者も存在するくらいだ。


 ちなみに我らがにじこんの場合、最近はカリンさんがリングファック配信で汗だくになっているのを見かけることが多いが……赤スパで鶏白湯とりぱいたんとか豚骨スープとか煽られてキレ散らかすまでがセットの芸風みたいになっている。


「──ってことで前々から告知していた通り、GWの前半数日はお休みを貰ったんだけど……来ちゃった」


チャット▼

・はいもう好き

・それは彼氏の台詞なんよ

・セフレだぞ

・そっちの方がエロいでしょ……

・よし今すぐベッドに来い

・お姉さんの谷間、空いてますよ♡


「朝っぱらから精力漲り過ぎでしょ君ら」


 オタクが恋人に言われたいであろう台詞を配信の導入に使いつつ。以前にも伝えはしたが、当日なのもあり改めて休暇の趣旨を軽く纏める。

 この手の話は事後報告だったりフェイクを混ぜることが多いが、今回俺が伝えた情報に何ひとつとして嘘はない。


「まあ暫く実家に帰ってなかったし、ここらで家族の顔でも拝みに行こうってワケよ。けどその前に、君らに餌やりしなきゃと思って……」


 暫く実家に帰ってないのは本当だし、家族(義妹)に会いに行くのも本当のこと。ただ帰省するとは言っていないだけである。


チャット▼

・思い出せてえらい

・アラヤくんの家族……私のことかな?

・お義母さんに挨拶しなきゃ(使命感)

・ひとりでイかせるの不安なのよねこの男

・私らの手に掛かればゴールデンウィークなんぞホワイトウィークに早変わりだからね

・¥4,545 ほらイケ♡ イクな♡ イ~ケ♡ ……や゛っ゛は゛り゛い゛っ゛ち゛ゃ゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

・¥10,000 無事に童貞と一緒に帰って来てね……


「いや心配の方向性よ」


 身よりも貞操を案じるのはどうなの? 確かにこの世界じゃ同じ意味で通じそうだけども。


「──っと、そろそろ時間だし配信終わるか。じゃ、行ってきまーす」


チャット▼

・イッてらっしゃ~い♡

・あ、待って私もイクッ……♡

・じゃあ私も~♡


「連れション感覚でプシャるな」





 ──とまあ放送時間と照らし合わせた結果、正直心当たりしか見当たらないのだが……。いやでもこれ俺悪くなくね? VTuber自体が増えすぎて競争社会なとこあるし、同じ箱内での配信被せならまだしも、どこぞのテレビ番組にまで配慮していられんて。管轄外過ぎて裏番組って表現すら怪しいところだぞ。朝活だって滅多にやらんし。


 番組の方針転換の思惑はともかく。仮にこの件と俺の朝活を結びつけるものがあるとするなら、それは今日の行楽そのものだろう。加えて本日の発起人が誰であったか──とそこまで考え、


「つまり黒幕は瑞葉ってことに……」


「やっぱりそうなのですか!?」


「冤罪だよ!? ……ねえ結ちゃん、やっぱりってどういうことかな~? んん~?」


「むぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ……」


 色々な意味でファンからの信頼が厚い蜜水が圧を含んだ笑顔でうちの義妹を抱き寄せ、屈みながらおっぱいに埋めた。自身の武器に対しての造詣が深い。


 まあ着ぐるみパジャマの分際で派手な下着を見せびらかすブラチラサウルス──新お義姉さんがこのまま覚醒しなけりゃ、ひびきお義姉さん復活の流れに見えなくもない。もしくは闇落ちして敵対のパターンだ。……ちょいちょい気になってたけど、こいつテンパると一人称が"私"に戻るんだな。


 ともあれ無自覚の行動が巡り巡って古巣に深刻なダメージを与えるという、追放系主人公のテンプレを着々となぞる女に全ての責任をおっ被せたところで、俺はこの危険な話題を打ち切るべく声を作る。


「ま、まあ【お義姉さんといっしょ】の話はこの辺にしてさ。多少の想定外はあったものの、顔合わせも済んだしそろそろ移動しねえ? 瑞葉に頼まれた劇団への差し入れも考えなきゃならんし」


「うーん、飲み物は常備してるから……バーガーとかサンドイッチみたいな軽食系だと嬉しいかな~って。お弁当は出るけど、多分皆食べ足りないと思うの」


 そういやスポドリ哺乳瓶の複数持ちだったね君。容器はともかく、元役者なら水分補給の重要性は俺よりよっぽど理解しているか。体力仕事にカロリーが必要なのは普通に納得。そういうことなら、気持ち昼食を早めにしてその時買えばいいかな。


「ちょっと待ってね、お金お金──」


「いや、何かお前の活躍……活躍? で年パス貰っちゃったし、自分で払うからいいわ」


「お、男の子のおちんぎんでおねーさんの身体(※胃袋)を満たすだなんて……! ごくり……オギャっていいですか?」


「単純にお前より稼いでるんだよ燃やすぞ」


 正直、人の金で買った差し入れに感謝されるのが普通に後ろめたいのもある。むさ苦しい体育会系サークルに美少女が差し入れするのと同義と考えると、もう盛大に歓迎されるのが目に見えてるんだよね。


 しかし出費が浮くのにも関わらず、蜜水さんはご不満らしい。


「でもでも、そんなの絶対駄目だよ! 歳下の男の子に現ナマを渡してお願いする、っていうシチュエーションが興奮するのに~……」


「お前の存在、子供の教育に悪すぎない?」


「えへへ、我ながら歴代でも大人気だったんだな~これが」


 クソッ、誰だよこれを教育番組に採用したのは。現ナマ言うな。……もしこの世界にホストクラブとかあったら、こいつ早晩破滅してそうだなぁ。ある意味男が少なくて救われた部類なんじゃなかろうか。


 ──画面の向こうに映っていたひびきお義姉さんは、スポーティかつ弾ける笑顔。フレッシュで爽やかな印象が非常に強い。少なくとも、配信で哺乳瓶片手にえへえへ言いながらダル絡みする姿とは似ても似つかない。


 ……いや、逆にだからこそなのか?


 教育番組の司会は花形のイメージが強いが、話を聞くにかなりの激務であったのは間違いない。一生に渡って『お義姉さん』の名前を背負う重責もあるワケで、若手との交代を促されるまで続けられたのも、ひとえに努力の賜物だろう。その反動が性癖と合わさって、にじこんで一気に開花した的な……。


 会話を拾った結ちゃんが、蜜水に揉みくちゃにされながら問うた。


「あの、お二人は本当にただのお友達なのですよね?」


「え、ああそれと職場の同期で──」


「卒業した"ひびきお義姉さん"と、男性であるお兄様が……? 一体どのようなお仕事をなさっているのですか?」


 …………。

 ……。


「み、皆を笑顔にする仕事……ですかね」


「アヘ顔の間違いじゃないかな……」


 うるせえ! こういう時に限ってツッコミ側に立つのは卑怯だぞ!

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