おおとりランド そのに
説明しよう! ひびきお義姉さんとは、にじこん所属タレント蜜水つぼみこと、本名"
なお、VTuber界隈における"前世"は主にデビュー以前の活動を指す。既に配信者や役者として活動中の人物が、別の名義やキャラクターを用いて表に出ることを"転生"と呼んだりもするがそこは割愛。
「あ、あの実はわたし、毎朝【お義姉さんといっしょ】を見てから学校に行くのが日課で!」
そしてどうやら、うちの義妹殿は件の番組の熱心な視聴者であるらしい。
「それにそれに、わたしが二年生の夏休みに放送したスペシャル回! あのスケベサウルスとの一騎打ちを見て以来、ひびきお義姉さんのファンだったんです!」
「は、はわわ……。おねーさん、当時のファンなんて初めて見たかも……。えへへ、応援してくれてありがと~!」
一口にテレビタレントといっても、教育番組のお義姉さん役というのは俳優やアーティストとも毛色が違う。長くても数年での代替わりが確定している存在だし、キッズも成長と共に番組から離れ、次の世代に入れ替わる。卒業後も芸能活動を続けるならまだしも、基本的に忘れられて行く存在なのだ。……まあ成長しても視聴を続ける、ニーニャのような例外も居るが。
何にせよ、貴重な前世ファンからの生の声。スカートの裾が汚れるのも厭わず、屈んで手を取り大喜びの蜜水であった。
……一見いい話っぽく聞こえるだろうが、忘れてはいけない。当時のこいつの役柄が、"オホりのお義姉さん"であったことを。スケベサウルスって何だ。
そんなことを思いつつ。俺はというと、ファンサに挟まるのも野暮なので、空気を読んでベンチで結ちゃんイチオシの回をスマホで再生中。普通にサブスクに配信してた。どれどれ──おお!
「みつ──じゃなくて、瑞葉が若い……!」
「今も若いよ」
何やら圧を感じるが……三年前の映像なので、純然たる事実であり別に他意はない。
──教育・子供向けエンターテインメント番組【お義姉さんといっしょ】の内容は、大まかに三つの要素で構成されている。
一つ、各担当のお義姉さんたちと公募の子供たちが謳ってオホる、痴育のコーナー。
二つ、視聴しているキッズたちを飽きさせないよう、合間に挟まれるマスコットが主体のキャラクター劇場。
三つ、お義姉さんとマスコットが遊戯やスポーツで対戦する、下剋上のコーナー。
俺が個人的に気になって仕方がなかった"スケベサウルス"とやらは、どうやらマスコット連中を束ねる着ぐるみのボスであるらしく、緑色の淫獣と大きいお友達にも評判だ。お義姉さんを倒して番組を乗っ取り、ショタっ子ハーレムを築くという傍迷惑な野望を持っているため、定期的に謀反を起こす。
「お兄様、お兄様。ひびきお義姉さんとスケベサウルスは、宿敵と書いて友と呼ぶ仲なんですよ!」
詳しいことは、推しに認知されてテンション爆上がりの結ちゃんが横から色々と教えてくれた。解説助かる。
曰く、スケベザウルスと蜜水──もとい、ひびきお義姉さんの因縁の始まりは、彼女のデビュー当日にまで遡る。
恒例の対戦コーナーで敗北続きの配下に業を煮やしたスケベザウルスは、遂に自ら出陣。その圧倒的スペックを前に、先代"
あわや番組乗っ取りか!? という緊迫の場面。そこに待ったを掛け登場するは、なんと新しいお義姉さん! 彼女は胸囲の実力で悪名高きスケベザウルスを追い返し、見事"ひびきお義姉さん"としてのデビューを飾る。
先代のお義姉さんは後輩の頼もしい姿に安堵し、笑顔で卒業──とまあそんな感じの脚本だったらしい。ノリが特撮のそれなんよ。
「だからお義姉さん役は担当コーナーのレッスン以外にも、トレーニングとか色々あって忙しいんだよ~。懐かし──くないっ! そ、そもそもオーディション受けたのだって在学中だし? 全然最近っていうか、むしろ昨日のことみたいな?」
「お前、実は結構凄い奴なの……?」
「ふっふーん、まぁね──? まぁね──!」
遊園地で動画鑑賞というのもどうかと思い、倍速とシークバーを駆使して見どころだけを拾ってみたものの……。正直、内容よりも最後にカメラ目線で言った、『番組も男の子も皆のモノ! 良い子の皆も、独り占めはしちゃ駄目だよっ!』という教育番組らしい台詞の方が印象的だ。裏の意味がすっごい。
「くっ、何が教育番組だ……! こんなの今日イク番組だろいい加減にしろ!」
「学校でも大人気ですよ?」
それでも俺は、明日が欲しい。
「おねーさんもね、今ならあの子の気持ちが理解出来るの……」
雲ひとつない青空を見上げながら、歳下へのオギャりに目覚めた女が思いを馳せる。……こいつが卒業を促されたのって、もしかしなくても年齢じゃなくて思想の変化が原因なのでは?
──VTuber『蜜水つぼみ』の公式カラーは緑。元ネタが植物系のキャラデザというのもあって、特に気に留めることはなかったが……。実はかつてのライバルに対するリスペクトが含まれていたりするのだろうか。誰もそういうエモさは求めていないと思うのだけど。
「じゃあ早朝のカリスマとかいう、小学生が五秒で考えたようなダッセェ二つ名もお前が──」
「それは冤罪だよっ!?」
▼
ネットミーム、消えた早朝のカリスマについて話している。
結ちゃんが言うには、あの厨二病を通り越してもはや都内で母を騙る占い師に片足を突っ込んだ愉快な名前が生まれた原因は、ここ最近における番組の迷走にあるらしい。
「まずですね──スケベサウルスがドスケベトプスへと進化しました!」
「パペ紋かよ」
明らかに「まず」で始まる前置きから飛び出ていい内容じゃねえんだよな、今の。蜜水ですらポカンとしてるじゃん。
「しかもドスケベトプスは今のお義姉さんを倒して声の企画を乗っ取ると、子供たちに半ズボンを履かせてショタボ? なるものを練習させるコーナーに作り替えてしまったのです!」
「え、私の担当してたコーナーそんなことになってるの!? オホにゃんは!?」
「オホにゃんでしたら、『お゛ぉ゛ん゛! み゛ぃ゛はエロい方の味方だに゛ゃあん!』と言って次の日の朝には寝返ってましたよ?」
「まあ分類するならどう見てもマスコット側だもんな、あのパペット」
実はスパイか何かだったんだろうか。
「ちなみに敗北者となってしまった新お義姉さんですが、ブラチラサウルスに改造されて、今はドスケベトプスの手下をやっています」
なるほど、悪堕ちも完備と。まあ負けたからって首にするワケにもいかないもんね。
「お、おねーさんの古巣がいつの間にか世紀末に……」
「どちらかというとジュラ紀では?」
「そうかもしれないけど! そういうことじゃなくてね!?」
珍しく蜜水が頭を抱えている。まあ無法地帯って意味ではどっちも同じか。
「学校では、『最近はお母さんやお姉ちゃんの方が番組に夢中だよ!』と言ってる子もいますが……。友達や同級生は、『前のお義姉さんの方が格好良かったね』って皆言ってます」
「ああ、そこに繋がるんだ……」
どうやらドスケベトプス……旧スケベサウルスがやらかす度、互角以上に渡り合っていた先代お義姉さんの株が自動的に上がっている模様。かといって卒業したお義姉さんを呼び戻すなんて前代未聞、スポンサーが許す筈もなく──もう遅い、と。
「なんか追放系の主人公みたいな扱いされてんね、お前」
「いやいやいや!? 単に対象年齢を拡大しようとテコ入れして、子供たちが困惑してるだけでしょこれ!」
ネットの反応を見るに、これまでなかったお義姉さん同士の対戦は大きいお友達に好評のようだ。悪堕ちした新人お義姉さんに対しても、『くっ、こんな時にカリスマだった先代がいれば……!』『ひびきお義姉さんなら出来たぞ』とか弄られてるあたり、ネタにされてるだけだなこれ。多分その内覚醒パートに入る流れだが、その手のお約束にまだ馴染みがないキッズたちにはウケなかったのだろう。
俺としても、これはこれで面白そうな気もする。あえて感想を言うならば──うん、ニチアサでやれ。確かにこれは迷走だわ。
なお、番組出演のキッズに関しては、そもそもが子役の事務所やスクールからの募集なので特に問題はない模様。扱い的には少年役でしかないからね。
「あ、でも朝とか過去最低視聴率を更新──ってネットニュースになってるぞ」
「それは由々しき事態だと思うけど、視聴率の低下って今はテレビ全体の傾向だし~……。何で急に方向転換したんだろ……?」
ふたりで首を捻らせていると、結ちゃんが伺うように問うた。
「……その、お兄様はVTuberというものをご存知ですか?」
「え、うん。……うん?」
おっと、何やら急に馴染みのある言葉が出てきたぞ?
「あっ……」
蜜水が何かを察して俺を見た。察した蜜水を見て俺も察した。
「実は今話題の男性VTuberの方が、同じ時間帯に配信をしていまして……。いえ、別に推し変というワケではないのですが! それはそれとして、わたしも移動中はそちらの配信を見ていたと言いますか──」
なるほど、また俺くんが何かやっちゃいましたか。
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※あとがき※
トリック・オホ・トリート!
犯しをくれなきゃ性的な悪戯するぞ♡
というネタを温めていたのですが、ハロウィンに間に合わなかったのでこちらで供養しておきます。作中時間が10月になったら多分使う。
実はオホしさま(☆☆☆評価)をくれなきゃ──と迷っていたのですが、作者が遅刻したせいでオアくんはトリックちゃんとトリートちゃんに食べられてしまいました。あーあ。
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