おおとりランド そのいち

 大変お待たせ致しました。ご賞味下さい。

 ※全体としての【東京おおとりランド】と朱雀院エリアの【おおとりランド】が紛らわしかったため、施設全体の名称を【東京ユニコーンリゾート】に変更致しました。

 麒麟さんを使った上手いネタが特に思い浮かばなかったのと、まあ部分的には馬だし別にええやろの精神でお願い致します。

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 このままひとところに留まり続けると、先程の二の舞……どころか無限ループになりかねない。細かい話はさて置き、まずは入園手続きを済ませることに。

 手羽の代わりにケツを左右に振る着ぐるみの姿を尻目に、早足で正面ゲートへと向かう。


「見て! ボンじりちゃんが歓迎のダンスでお見送りしてくれてるよ~!」


「あのゆるキャラ、結局何の役にも立たなかったけどな……」


「ランドの人気マスコットが、お兄様の前では閑古鳥も同然に……。流石です、お兄様!」


 褒められましてもー。


 ボンじりちゃん──おおとりランドの看板マスコットであり、正式名称は【ボン・キュッ・ボン尻ちゃん】。でっぷりとしたお尻をフリフリ揺らす姿がとってもキュートと評判な、朱雀院印の鳥畜生である。


 この財閥ランドとも揶揄すべきテーマパーク群は文字通り「テーマ」に対する拘りが非常に強い。良くも悪くも、その一貫した姿勢は園内キャラクターや関連グッズ、フードメニューなどにもしっかりと反映されている。朱雀院だしモチーフは鳥! みたいな感じだ。分かりやすさは実際大事。


 なので他にも、串モノ肉団子の扱いに長けたフードコートの女主人こと【奥・つくねさん】や、全身を羽毛の皮ですっぽり覆った恥ずかしがり屋さんの【カムリくん】など、園内には様々なキャラクターが待ち構えているぞ。


 ……朱雀院だけに、なんとなく知り合いを彷彿とさせるネーミングセンスはさておき。自家の象徴が完全に焼き鳥の扱いなのだが、それでいいのか朱雀院。つーかそれフェニックスじゃねえ?


 まあ個性を豊かにした結果、個性しか残らなかったゆるキャラ共の話は置いておくとして。


 今日に限り、俺たちは園内イベントの関係者である蜜水に配られた招待枠を利用しての入園となる。つまり初日は無料タダ。なのでホテルの予約と一緒にエリアチケットを申し込んでしまうと、一日分無駄になってしまう計算だ。多少手間だが、明日以降は必要分を買い足す形になるだろう。宿泊客に関しては常に枠が確保されているので、当日になって入場制限に引っ掛かるということもない。


 ともあれキャッシュレス化が進む昨今、この手の施設には予約から入退管理まで可能な専用アプリが導入されていることも多く、どこぞの企画モノのように受付五秒で即完了──と思いきや、ここに来て新たな問題が。いや問題っつーか……。


 慌てて駆けつけたのであろう。眼の前では、初々しさを感じさせるパンツスーツ姿の若い女性が肩で息をしている。社員証と思しきストラップを首からぶら下げ──胸に乗っけた彼女は何度か深呼吸をすると、意を決したように力強く言葉を放った。


「あの、お幾らほどお包みすればよろしいでしょうか……!?」


 ……案件かな?





 ふれあい迷子センターの報酬を貰った。やったぜ。

 他ならぬ俺自身が原因の一端を担っていることを考えると、正直マッチポンプの香りがするのは否めないのだが……。まあなんだ、一回約三秒の握手券が二~三十分の間に何枚消費出来るのかを思えば、むしろお買い得なのではという説もある。


 おおとりランド側の思惑としては、先程の一件を警備部の失態と扱うにはあまりにも不憫なため、前戯の……もとい善意のボランティアによるものとして処理をしたいらしく。雇用契約を交わしていないので臨時のアルバイトという扱いは出来ないが、それはそれとして世の中には心付けという風習がありましてですね……。


 とまあ冗談はさておき、金銭の受け取りは流石にお断りさせていただいた。……こちとらスパチャで殴られた傷が未だ癒えていないのだ。一体どうやってリスナーに還元したものかと、ミーティングの度にカリンさんと一緒に頭を抱える日々である。スパチャの取り分はPako Tubeちゃんの手数料を除けば運営との折半だからね、仕方ないね。お前も俺と同じ焦燥感を抱け……!


 だが不可抗力とはいえ、男性に手伝わせておきながら何の報酬も出さない……というのはランド的にもよろしくないらしい。半ば押し付ける勢いで迫る乳圧に対抗心を燃やした蜜水が張り合い──結果、双方共にブラウスのボタンを弾け飛ばした。


「くっ、おねーさんも衰えたものね……。でも良い勝負だったよっ!」


 接戦の末引き分けた両者の間には熱い友情が芽生え、なんやかんやで年間パスポートを受け取る流れに。


 ちなみにスーツの彼女、今年入社したばかりの新卒ちゃんだそうな。相手は男性──しかし確実にクレーム案件の想定だったから、上に押し付けられたんだってさ。戻ったらお局上司に自慢するのだとイキリ散らしている。超速で蜜水と仲良くなった理由がなんとなく垣間見えた。あーはいはい、握手ね握手。お仕事頑張ってね。


 ちなみに義妹ちゃんだが、展開について行けず終始困惑気味だった様子。連休初日から巻き込んでしまって本当にすまない。君はこんな大人になっちゃ駄目だぞ。


「……今の技、前に何かで見たような……?(小声)」


「ん?」


 声が小さくて良く聞こえなかったが……。まあ、あえてフォローするならどちらもエンタメ関係のお仕事だ。アホな内容でも全力で楽しめる奴だからこそ輝ける世界もあらぁな。……けど俺も蜜水もカリンさん率いるにじこん所属のタレントだし、新卒ちゃんは朱雀院財閥が元締めのおおとりランドにお勤めする社員さん。これワンチャン身内で共食いしてるだけじゃねえかなぁ、と思わなくもない。

 

 兎にも角にも、これでようやく一息つけるワケだ。……ただ遊園地のゲートを通るだけの道程が、何故こんなにも遠く感じるのだろう。





 おおとりランドの主な客層は男女カップル──などということはなく。大半が子供連れか、同性の友人グループだ。決して多くはないものの、男性客もちゃんと居る。なので俺に視線が集中することもない。


「つまり木を隠すなら森の中、男の子を隠すならメスの腟内なか──ってことだねっ!」


「食われとるやんけ」


 アホなやり取りはさておき、一先ず落ち着いて話が出来そうな場所へ移動する。今やるべきことはただひとつ。それは自己紹介──そう、つまりアイサツだ。


「あらためまして、ゆいと申します。じぇーえす五年生になったばかりの不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。お兄様!」


 真の義妹──結ちゃんがぺこりとお辞儀。どうやら我が妹は、中々に出来たお子さんであるようだ。所作のひとつひとつから育ちの良さが伺える。俺の製造元の影響だったりするのだろうか。ともあれ、互いにアイサツを交わす。よろしくね。


 しかし流石にこれでは言葉が硬過ぎる。恐らくは緊張もあるのだろうが……もしかすると、ショタがお姉さんの前で背伸びしたがるあの感じに近いのかもしれない。子供っぽいと思われたくないというか。


「まあそう堅くならずに。俺のことは実の兄とでも思って、もっと気軽に接してくれていいからさ」


「そうそう、むしろ硬くなるのは男の子の方で──」


 蜜水さん、ちょっと静かに。


「とはいえ今日顔を合わせたばかりだし、いきなりってのは難しいかもしれないけど……」


「いえ、どうかお構いなく! 実の兄妹では将来的にお婿さんに出来ませんし、そこは義理で!」


 うん……うん?


「ほうほう、妹力213万──なかなかの逸材だね~」


 空気と化した偽妹なるものが後方腕組み面で何か言っているが、今は無視する。


「……えっと、それでうちの母親とはどう? 上手くやれてる?」


「はい! 正直、最近までお父様の身体目当ての女だと思っていました!」


「お、おう……」


 凄いぶっちゃけるね、君。


「昨日は"ムスコ"とお喋りした──なんて言い出した日には、お父様の下半身に一体何が!? とあまりのことに戦慄しましたが……。でも今にして思えば、あれはお兄様のことだったのでセーフですね!」


 誰だ! この利発そうなお嬢さんに余計な影響を与えた奴は! 俺の母親か!?


「それよりも、先程は申し訳ありませんでした。お待たせしてしまったばかりか、女避けの役目も果たせず……。あまつさえ、お兄様のお身体が女児用アトラクションにされるのをみすみす許してしまうだなんてっ……!」


 口調や物腰は本当に丁寧なんだけど、言葉の端々にちょいちょい毒を混ぜてくるなぁこの子……。


「いやほら、あれに関しては俺が油断してたのが悪いと思うし……」


 あと場所も良くなかった。なまじ水族館の方に男性キャストがいるせいで、何かそういうイベントだと思われていた節がある。


「そうだそうだ~。女の子が先に来て待ってるのがマナーなんだから、男の子はちゃんと遅刻してくれないと! 早いのはイク時だけにしろ~!」


「女の子……?」


「おやおや? さては身体で教えて欲しいのかな?」


 ごめんて。


 蜜水のゴミみたいな野次を要約すると、女性側に待ち合わせ相手(男)が実在する──のは大前提として。うっかり男の方が先に着いてしまった場合、さっきの俺みたいになるから普通はわざと遅れて来るんだとさ。貴族か何かかな?


 いや逆に面倒臭いわ! なのにちょっと合理的に聞こえるのがまた地味に腹立つんだよな……。


 ひとり頭を抱えていると、義妹──結ちゃんが遠慮がちに俺を呼んだ。


「あの、ところでお兄様。実は先程から気になっていたのですが、こちらの女性はもしや──」


 結ちゃんの視線が蜜水へと向けられる。そういやこいつ、未だに名乗ってすらいねえな? 何か当たり前のように会話に混ざっていたせいで、俺も紹介が必要なことすら忘れてたわ。普通に不審者じゃん。


 どれ、それじゃあこの俺の溢れるトーク力を駆使して、いっちょ的確かつスマートに紹介してやるとしますかね。


「えー……こちらは俺の友人で、今日遊ぶためのチケットも彼女の招待……の予定だったんだけど、さっき年パス貰っちゃったしな……。──うむ、特になし! 以上!!」


「ね゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」


 蜜水に肩を掴まれ、至近距離でガクガクと揺さぶられる俺。第三ボタンが家出したまま帰らなかったブラウスの隙間から覗く、ロケット型のデカパイが作る谷間とそれを必死に支えるライムグリーンの下着で視界が埋まる。うおでっか……。


 いやでもさぁ……流石にVTuberやってることを言うわけにもいかんし。勝手に妹を名乗ってる件に至っては、それこそリアル義妹の前じゃ絶対に言えないやつじゃんね。まあ後者に関しては、ファーストコンタクトの時点で手遅れかもしれんけど。

 ヒロインショーは午後の部を見に行く予定だし、三人とも既にランド内。一緒に回れるような時間がないっていうのは、最初に本人が言っていた。蜜水が切っ掛けで結ちゃんを呼ぶことを思いついたのは事実だけど、それを当人に言うのはどうかと思うし。……って考えると、もう他に言うことなくね? 


 するとちょこちょことこっちに近付いて来た結ちゃんが、俺──ではなく蜜水を見上げながら、誰に聞かせるでもなく呟いた。


「……胸囲の破壊力に加えて、今の声量を支える独特な呼吸法……。でも、まさかそんな……」 


 真剣な表情で蜜水の乳、顔、尻、そして再び乳──と視線を巡らせる彼女は、やがて何かの確信を得たらしく「やっぱり……!」と興奮冷めやらぬといった声を上げ、そして問うた。


「も、もしや貴女は、消えた早朝のカリスマ──"ひびきお義姉さん"なのでは!?」

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