シン・妹を名乗る不審者

 きたるGW当日。


 電車は激しい混雑が予想される。男性専用車両に乗るのは負けた気がして嫌なのだが、かといって通常車両に乗ると、終電までおっぱい置き場にされて目的地に辿り着ける気がしない。なので今日も今日とてタクシー移動。


 行き先は国内最大の規模を誇る大人気テーマパーク、その名も東京ユニコーンリゾート。

 ここは財閥四天王などと揶揄される各企業グループが共同運営する複合型のアミューズメント施設で、園内は主に三つのエリアから成り立っている。


 全体の主軸であり、様々なアトラクションを詰め込んだ【おおとりランド】。

 男性キャストを鑑賞出来る、世にも珍しい水族館【竜宮マーマンパラダイス】。

 歴史ドラマをモチーフとした町並みや、時代劇的なイベントを楽しめる【大河姫武将村】。

 

 見事なまでに世界観が迷子だが、それもやむなし。財閥同士による激しい自己主張のせめぎ合いの結果、リニューアルにリニューアルを重ねてこのような形に落ち着いたそうな。

 まあ洋風ファンタジーと和の国的なサムシングが渾然一体となった、そこはかとないナーロッパ臭さえ気にしなければ一粒で三度美味しい国内レジャーの女王様と言っても過言ではない。

 元より、ここはとても一日二日では到底網羅出来る規模ではない。大半の来場者は単体のエリアチケットを購入しての日帰りが基本となるため、意外と住み分けは出来ている……らしい。安定のネット調べ。

 

 さて、アニメやゲームに脳を侵された悲しき人種にとって、四天王が四人でないのは極めて自然なこと。それは例えるなら、ステータスオープンと聞いてなんとなく思い浮かぶ絵面が共通しているのに近い。

 なので三エリアしかないことに何の違和感も覚えることなく、そのままスルーしそうになったワケだが……。まあなんだ、そもそも四天王最後の家は没落してるんだったわ。


 言わずと知れた朱雀院すざくいん。そこに龍宮たつみや大河たいが亀甲寺きっこうじの三家を加え、これらを四象になぞらえ財閥四天王と呼ばれていた。過去形である。

 で、問題はこの亀甲寺家。ここが併設される高級ホテル郡──【リゾートエリア】の開発を担う予定だったのだが、着工前に総帥が男性絡みの不祥事を起こしてお縄に。激しいバッシングの末、亀甲寺財閥は解体。関連企業は独立なり吸収なりされ、本家はそのまま没落……みたいな流れだった筈。


 気の所為か、なんだかどこかで聞き覚えのある話のような……。当時はまさか、自分がその内のひとつと関わりを持つことになるとは思ってもみなかったので、特に興味もなかったんだよね。まあホビーアニメとかでも玄武って、インフレに置いていかれるか敗北者のイメージだしなぁ。嗚呼、僕のドラシ◯ル……。


 ともあれ一角を欠いた四天王は、ホテル事業をひとつの家が引き継ぎ全体のバランスが崩れることを懸念。手始めに悪印象を払拭するため、男性配慮を謳うユニコーンプリンスホテルをランドに建設し、その他の宿泊施設はエリアの特色を活かしたテーマホテルをそれぞれでおっ建てることになったそうな。めでたしめでたし。





 待ち合わせは現地集合。

 義妹らしき姿は見当たらない。GWとはいえ、まだ朝イチだ。思っていたより道路が空いてて早く着いちゃったんだよね。


 そんな俺は今、ちゅーるに群がる猫科のような勢いで押し寄せるメスガキたちに絶賛囲まれ中です……。


「にーちゃんにーちゃん! 抱っこして、抱っこ!」


「ねーねー、おにーさんひとり~? うちらと一緒にハニーをハントしな~い?」


「I am your daughter……」


 年上男性に対する一般的な意味での「兄ちゃん」を連呼してハシャぐ、欲望に素直な元気系少女。ナンパのノリが嵐を呼ぶ五歳児レベルなマセガキ軍団。不穏な言動と共にシャツの裾を掴んで離さない、海外産と思しき迷子のパツキン幼女。その他諸々。


 いや濃いって! キャラが濃過ぎるのよ。


「はーい、みんな並んで~。お触りはひとりにつき三秒までだからね~。このおにいちゃんは女の子の性癖を歪めるのが趣味だから、順番を守れる良い子には最後に『よしよし』もしてくれるよ~」


 そして俺の隣でマネージャー面しながらキッズを統率している蜜水はなんなの???

 

 いや、元々入場パスの関係で会う予定はあったし、列整理してくれるのもありがたいんだけどさ……。っていうかアラヤくん評の人聞きが悪すぎない? そういうお仕事をしている自覚がないとまでは言わんけども。


「次! 次わたしの番! ぎゅーってするの!」


 飛び付いて来るちびっこを受け止め、ライン作業の如くわしゃわしゃと頭を撫で回して放流。誕生日とクリスマスと正月が一斉に訪れたような表情になった小娘たちは、虚無顔をした警備員のお姉さんの手によって親元へと誘導されて行く。


 その光景を視界の隅に収め、俺は雲ひとつなく照りつける晴天を仰ぎながら呟いた。


「どうしてこうなった……」


 ──今俺が立っているのは、おおとりランドエリアの入園ゲート前にある広場。

 ここには来園者を歓迎するため、ランドのマスコットに扮した着ぐるみが風船片手に子供たちを待っている。

 それに向かってキャーキャー言いながら、もふったりもふられたりするのがお約束の筈なのだが……。なんということでしょう。キッズ共はマスコットなぞガン無視で、一直線にこちらへ突撃して来るではありませんか。


 初めて見る新鮮な若い男を前に、メスガキたちの好奇心は青天井。保護者の手を振りほどき、制止する警備員をアメフト漫画ばりの超絶テクですり抜け俺の前へ。当然の帰結として、ランドに入る前から大量の迷子が発生した。


 その段になって、乳揺れスキップしながらのこのこと現れた蜜水──一応約束の時間より早く来た──が、俺を招待したことを理由に現場の指揮権を握り、事態解決を図る。

 逸れた親の捜索はキャストの方々に任せ、捌いたキッズの誘導は警備員に。俺はというと、ランドマーク兼子供に夢を与える王子様役に抜擢された。


 流石に迷子の子供を放置するワケにも行かず、まあ連れと合流するまでなら……と安請け合いしてしまう俺。結果はご覧の有様である。


 俺、空前絶後の大人気。確かにパンダさんをライバル視していたのは事実だけどさぁ……。なんかもうアイドル扱いを通り越して、観光名所の勢いだよ。


 まあチワワもといヒトオスふれあい広場とか作ったら、入場料だけで巨万の富を生みかねないからな、この世界。子連れの母親も「一生に一度の機会なんだから、記念に触らせて貰いなさい」と積極的に娘をけしかける始末だ。これそういうイベントじゃねーのよ。もう少し娘さんの将来に希望を持ってもろて……。

 

 ──この状況、もはや合流するには未だ見ぬ義妹に俺を見つけて貰うしか希望はない。一応写真は送って貰ったが、何せ会うのは初めてなのだ。果たしてこのキッズの大群から的確に判別出来るのか、正直自信がない。仮に一人ひとりに「俺の妹ですか?」と問うたところで、事実の如何に依らず「はい!」って即答されるのがオチだ。


 もし一度でも間違えようものなら、恐らくそいつは今この瞬間から俺の妹を自称することになるだろう。言質は命より重い。しかも間違える度に増殖するおまけ付きだ。リアル妹は十二人までなどという、最低限のルールすら許されない。


 ……待ち合わせ場所、やっぱりランドのホテルにしておくべきだったかなぁ。でもチェックインは午後からだし、今行ったところでシンプル二度手間なんだよね。荷物は先に送ってあるのだが。


「No~……」


 何度も頭を下げるブロンドの若い母親に引き摺られ、迷子勢最古参の洋ロリが園内へと連れて行かれる。なお、人工授精なので父親はいないらしい。


「はい、はーい。……よし! 今ので迷子は最後だってさ、おにいちゃん!」


 インカムで報告を受けた蜜水が、晴れやかな笑みで告げる。


「その呼び方ヤメロ。これから義妹と会うのに混乱するわ」


「あっ、ごめんね……。お外ではふたりの関係は秘密だもんね♡」


 そうだね、どっちもVTuberだね。


 状況も一段落。そんなしょうもない会話を俺たちがしていると、人混みの中から黒髪の少女が飛び出し──しがみつくようにして俺の腕をガッと掴んだ。

 警戒心を多分に乗せた視線が俺の頭上を越え、その先の蜜水へと向けられる。


 少女が言った。


「あの! わたしのお兄様なんですけど!?」


 …………。

 ……。


 俺はゆっくりと屈み目線を合わせ、歳相応に華奢な肩へと優しく掌を置いた。


「──失礼ですが、確認のためお名前と身分証の提示をお願いします」


「本人ですけど!?」


 ごめんね、今日は特に存在しない娘だの妹だのを名乗るナマモノが多いもので、つい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る