STAGE3-2 路地裏『オッホタクシー』



 どこか余裕のある謎めいた神秘的な美女は、ちょっと残念なポンコツお姉さんであった。それはそれで点数高くない?


 ともあれどうにか目的地付近に到着した。付近というのは、事務所の場所は身バレ防止のため伏せられているため念の為だ。周辺ならどこでもよかったのだが……路地裏好きだなぁこの人。


「はい、お待たせしました。お支払いは──」


「……カードでお願い出来ますか?」


 残念だが、今回に限っては本当に、非常に残念ではあるが──下手な邪心は変態を呼ぶってPACORUの件でよくわかったのだ。汝、自ら欲すなかれ。どうか清楚のままでいてください。

 だというのに、


「──あら、どうしましょう。なんだか端末の電波が繋がらなくて、決済に使えないみたいで……」


 困ったように呟く運転手さん。

 現代の都会でそんなことある? と思わなくもないが、まあ使えないものは仕方ないか……。


「うちの機材、ちょっと古いんですよね……。お手数ですけど、現金でお支払い頂いてもよろしいでしょうか?」


 必要であれば最寄りの銀行かATMまでお送りしますので、と。

 そうですか、そうですか。それなら仕方ないかなぁ。まあ一応、念の為っていうか。ちゃんと現金も持ち歩いてはいますけどね?


「では──今胸元を開けますので。こちらに代金を投乳してください♡」


「そっち!?」


 え、まさかのそっちなんですか? そっかぁ、タクシーだからレジとかないもんね。受け皿ならぬ受け乳ってやつですか、ははは。


 ちょっとおっぱい万能過ぎやしませんか……?


 もはや第三の手というか、尻尾や触手に近い扱いなんだよな……。

 染み付いたツッコミは煩悩を凌駕する。はっきりわかんだね。

 念のため二度見、三度見して確認するが、彼女は微笑みを携えて待つばかり。


……これはもうギリギリアウトなのでは? いや、どうだ? わ、分からない……。俺にはこの世界のセクハラのラインが──どこまでのおっぱいはセクハラに入らず、どこからのおっぱいはセクハラに該当するのかがまるで分からない……! 少なくとも前世のイケメン無罪理論を適用するなら、この世界で俺に対するセクハラ行為のおおよそは無罪ということになってしまう。精々がキショいから余所でやってくんねぇかなぁ……というレベルだ。


 あれ? じゃあ俺ってもしや清楚さんにすらこいつチョロいな、とか思われてたりします? ヒトメス始まったな……。

 ともあれ利用した以上、払うものは払わねばならない。意を決して紙幣を取り出し、こちらですよと誘われるままに指先を触れさせると、


「って冷たっ!? ちょっと運転手さん、肌冷た過ぎない? これ大丈夫……?」


 よく見ると肌も色白というより、むしろ青白いという表現の方が近い気もする。……貧血かな?


「うふふ、冷え性なもので……どうかお気になさらず。さ、続きをどうぞ♡」


 そんな雪女じゃないんだから。でも俺の中で雪女って好感度かなり高いんだよな。日本の女妖怪、アホオスが余計なことしなければ大体幸せにしてくれるのでは論を提唱したいほどだ。(※主にお狐様のせい)


 ともあれ清楚さんはやはりえっちな方の清楚さんであった。でもそういうの好き。清楚は臨機応変。

 俺は失礼のないよう、神経を集中してゆっくりとお札を差し込んでいく。


「いちまーい♡ にまーい♡」


 ……いや皿屋敷かよっつー。足りなかったら身体で払えってなるやつじゃんそれ。どうにも単なるお茶目なのか、安定のヒトメスしてるのかよく分からないとこあるな……。

 っていうかこの人、正直めっちゃ声がエロい。それも別に喘いでるとかじゃないの。透き通っているというか、囁き声が直通で脳に染み渡るというか……声そのものに異様に色気がある。VTuberデビューとかしません?


「──はい、確かに。今お釣りをお渡ししますね? えっと……」


「小銭ばかりになっちゃうし、いいですよ。よければお茶でも買ってください」


 誰しも一度は言ってみたい台詞、第11位。そして言って思うが、これ本当に小銭が邪魔で仕方ない漫画家か、気が大きくなった酔っ払い以外は可愛い異性相手にしかやんねーわ。

 でもそれはそれとして、領収書は下さい。


「あら、ありがとうごさいます。……男性なのにお優しいんですね。やっぱりこのまま一緒にどこか遠くに行きませんか? ……助手席に座って頂けたら──私のギアチェンジのテクニック、お見せしちゃいますよ」


 エッッッッッッッッッッ!!!!


 いやでも、でも──! 

 

 運転手さん、その車オートマです……。

 ステータス:ツッコミどころ◎


「……もしかして、それ毎回言ってるんですか? タクシーだとあんまり格好付かないと思いますよ」

 

「うーん、以前に輿や馬車なんかを操っていた時は、もう少し男性の食い付きもよかったんですけど……。最近は中々上手くいきませんね」


「いつの時代の話してます???」


 やっぱりただの冗談だったみたいだ。本気にしなくてよかった~。あ、それとも以前は観光地……というかテーマパークに勤めていたって意味か? ケモミミー王国とか、対淫魔忍村的な。

 

「やはり車に問題が……。ではリムジンとフェラーリ、どちらの方が男性受けすると思いますか?」


 うん、それはもうタクシーじゃないね。





「ご利用ありがとう御座いました。それではくれぐれも、どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ……」


 そんな見送りの言葉をいただいた俺は、名残惜しさのあまりか後ろ髪を引かれるどころか無数の腕に足首を掴まれるような気分でその場を後にした。

 いやーしかし、なんというかちょっと怖いくらい理想的な女性だったな。途中から大分愉快な面が出てきた気もするが。……フッ、おもしれー女。

 

 ……それはそれとして、何だか急に寒気がしてきたぞ。確か冷え性って伝染ったりしないよね……?

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