STAGE3-1 路地裏『オッホタクシー』

STAGE3 路地裏『オッホタクシー』


「ああいう特別扱いは解釈違いにも程があるんだよなぁ……」


 確かに前世でもグルシャンの民とか、下着の出汁で水炊きしてポン酢でいただく変態とか居たけどさ。

 ……でもヒトオスの私物に対する扱いが性的な捌け口じゃなくて、高尚さを伴った嗜好品として見てるのがマジでキショいんだよな。

 鞄の処理はどうにか出来たが、いつ追っ手が来るとも知れない。じゃあ鞄の代わりにその服を売って下さいとか言い出されたら溜まったもんじゃねぇ。『幸福の王女』が初手から全裸で立ってたら、燕さんだって無言で引き返すっつーの。

 まあ露出性癖者のバイブルの話は置いておこう。駅も近いし、兎にも角にもさっさと事務所の近くまで移動しよう。


「電車は──いや、止めておこう」


 もうオチが見えてんだよな。正直なところ、今の俺はケツを揉まれようが揺れにかこつけて抱き着かれようが、一切動じない段階にまでメンタルが来ている気はするが……。


「NTR膣ノ内線……」


 ──ズコンバコーン♡ ズコンバコーン♡


 クソっ、駄目だ! この前の配信のせいで、どう足掻いてもその単語が頭から離れねぇ……!

 たとえネタだと分かっていてもご乗車を躊躇わせるこの威力よ……。だからって何が悲しくて男性車両に乗らなければならないのか。タクシーでいいや、もう。むしろVTuberの移動といったらタクシー一択まである。(※偏見)


 そう思って駅前に来たはいいものの、


「結構並んでるなぁ……」


 休日だものね、そりゃ混むに決まってるわ。

 時間に追われてるってわけでもないし、流石にちゃんと順番待ちしてる人に譲って貰うのは申し訳がなさすぎるな……。割り切ったとはいえ、俺はあくまで俺自身が罪悪感を抱かない形でちやほやして欲しいのだ。

 そういう意味でも、あの定食屋さんは中々の対応だったな。思えば『腹母亭』とかいうイカれた店名も、いわゆる「お袋の味で腹一杯に満たしてやるぜ!」という粋な姿勢をストレートに表していると言えなくもないし。(※不定の狂気)

 

 などと考えながら、どうしたものかとぼーっと乗り場を眺めて……ふと気付いた。自分で呼べばいいだけやん。

 需要が見込めるから駅前に待機しているだけで、タクシー自体はどこにでもいるんだったわ。それこそ自宅に呼んで駅に向かう人だって普通にいる。滅多に使わないからすっかり忘れてたわ。


 そうと決まれば、この辺は混雑してるし一旦どこかに移動して──おや?

 駅前からは気付かなかったが……よく見ると少し離れた路地裏にタクシーが一台停まっている。マイナーな会社なのか、あまり見ないデザインだが……さてはサボりか?

 とはいえタクシーであることには変わりない。不真面目なドライバーである可能性も否定出来ないが、シートに男を乗せるとなれば態度も一変することだろう。


 俺は躊躇うことなく近付いて、車の窓をノックした。



 


「ふふ、男性の方を乗せるのは久しぶりなので、少し緊張してしまいますね……」


 やったぜ。


 俺、ご満悦である。

 ネガティブな予想に反して、運転手さんは穏やかで落ち着きのある女性だった。加えて運転自体、凄く丁寧だ。なんなら車の中とは思えないほど揺れを感じない。


 しっとりとした濡れ羽色の長髪に、やや垂れ目がちな瞳。どこか影のある美女といった感じだ。オホ声得意そう。(※ヒトメス並の感想)

 しかもこの人、ただの美人じゃない。なんだかんだで今日は色んなタイプの女性を見たし、仮に変態集団を含んだとしても全員もれなく美形だった。しかしこの運転手さんは彼女たちより更に一段上と分かるレベルの、頭に超が付く美人さんだ。

 

 手袋越しでもよく分かる手指の細さ。袖や裾から覗く肌は、今にも透き通るかのよう。ズボンタイプのパンツスーツは、生足を隠しつつも肉付きの良い太ももが窮屈そうに自己主張している。

 そしてヒトメスには珍しく、几帳面にきっちりと第一までボタンを閉めたブラウスの胸元は、言うまでもなくはち切れんばかり。


 せ、清楚だ……。ここに来て史上初、空前絶後、超絶怒涛の清楚女性。その名は……何だろう?

 するとこちらの考えを察したかのように、都合良くルームミラーに名札が映った。反転こそしているが、これは──、


「……鬼?」


 名前にしてはちょっと物騒過ぎない……?

 独り言のつもりだったが、あちらは会話を振ったと思ったようで、


「はい、"オニ"です。がお~、食べちゃうぞ~♡ ……うふふ、なーんちゃって」


 かーわーいーいー。(※思考停止)

 いや可愛すぎかよ……。何せ言葉の中に一切のいやらしさを感じなかった。つまり今のは100%の純粋なお茶目ということである。

 ま、まさか本物の清楚だというのか……? いやしかし……。他の男を性的な目で見ないということは、もう既に旦那がいるという可能性も……。ど、どっちだ? やはり既婚者か? それとも本当に解釈一致の清楚だとでも!? 


 そんな風に思考の迷宮へ突入した俺の気も知らず、彼女はくすくすと鈴の鳴るような笑みを零しながら、


「冗談です。これは"鬼"と書いて"きさらぎ"って読むんですよ。ほら、二月のことを如月って言うじゃないですか。それで、二月といえば節分の季節でもあるでしょう? そこから来ているんです」


 ほへー、初めて知った。アラヤくんポインツ加算。


「鬼は外~、男は内~っていうあれです。元々は男性を襲おうとする悪い淫気を追い出すために、歳の数だけ自分のお豆を──」


「あ、もう言わなくていいです」


 それは俺の知らない行事ですね……。毎年そんなんやってたら、正月の餅とは比べ物にならんレベルの人間が遠くへ逝くぞ。二重の意味で。


「うふふ……今のもジョークです、ジョーク。最近は未婚の女性が街へ繰り出して、恋人さんや旦那様持ちの同性相手に豆をぶつけて鬱憤を晴らすイベントになっていますから。男性はあまり興味を持ちませんけど」


 それはそれでどうなの……? リア充爆発しろ的なノリというより、ただの湿気ったトマティーナじゃん。(※スペインで実際にある、トマトをぶつけ合う愛されし奇祭)


 豆を発射するための、専用の銃とかもあるんですよ。と楽しそうに言うが……違う、そうじゃない。


「……もしかしなくても、運転手さんって実はやんちゃさんだったりします?」


 そして例に漏れず、やっぱり結構な下ネタ好きでいらっしゃる?


「うーん、どうでしょう。お客さんがあんまり良い反応をするものだから、私もちょっとはしゃいじゃっているかもしれません」


 おいおい……好きな相手をついからかっちゃう女の子か? でもそういうところも嫌いじゃないぜ。(※SAN値0)


「ふふ、いっそのこと──このままふたりで、どこかへドライブしちゃいます?」


 ゔぇあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!(※発狂)


 マジで? こんなの絶対俺のこと好きなやつじゃん……。

 い、行くか? 行っちゃうのか……? 隠れ家的な老舗の旅館で、観光のひとつもせず部屋に籠もって退廃的なひとときが始まってしまうのか……!? 


 いやいや落ち着け……! 俺には待っている人たちがいるんだぞ!

 コラボをせっつく同期。まだ一度も絡んでいない配信サボりがちな先輩。最近は嫌がらない分には何をしてもいいと思っている節のある、マネージャーやスタッフのメイドさんたち。

 何よりも、俺のことを待ちながら何故か禁欲しているリスナーのことは……まあ、うん。

 

 …………。

 ……。


 そ、それに突然音信不通になったらカリンさんが心配するよな、うん!

 俺は極めて善なる存在であると俺の何よりのお墨付きなので、前世を拗らせただけのクソ童貞オタクを推すと言ってくれた人を裏切る真似なんてとても出来やしないのだ。


 最初は涙目でケーキをちまちま。

 やがて糖分が巡り、パクパクですわに変わり。

 最終的にワンホール完食したことに気付いて崩れ落ちる、そんな縦ロールお嬢の姿が見たくはないのか……!?


 ──よし、おれはしょうきにもどった。

 危ない危ない、もう少しでお世辞を本気と勘違いした痛い奴になるとこだったぜ……。そんなのは前世の記憶だけで十分だっての。

 それによくよく考えてみれば、世のヒトオス共は自分が性的な目を向けられることに恐怖や嫌悪を向ける癖に、全く興味を示されないとそれはそれで魅力がないと言われている気分になって急に機嫌を損ねるのだ。……俺もちょっとそういうとこある。


 つまりこれはタクシードライバーとしての経験から来る、男性が気分良く目的地まで過ごすためのサービストーク。そのことに気付いた俺は、冗談を受け流すようにして曖昧な笑みを作って見せた。


「も~、何言ってるんですか運転手さんってば(※震え声)それにドライブって、一体どこに連れて行く気なんですかー?」


 そのように返すと、彼女は暫し間を空けて、


「………………………………か、川とか」


 考 え て 喋 れ 。

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