STAGE2-2 ファッションビル『PACORU』

 お姉さんと一緒に、引き続き鞄を見て回っている。


「それで、どうかな。今度のは気に入りそう?」


「デザインは嫌いじゃないんですけど……やっぱり内部がちょっと違うかな~って感じですね、すみません」


「あ、謝る必要なんてないよ!? こういうのは納得がいくまで悩んだ方が絶対いいし! こっちはその分、間近で男を堪能出来るし……じゃなくて!(小声)そ、それじゃあ元の場所に戻しちゃうね。──よっと♡」


「ぐおぉ……!」


 ……あのね、おっぱいは別にいいんよ。そんな都合良く頭に乗ることってある……? と思いはするが、実際ただのご褒美じゃんって最初は思った。でも違ったの。


 シンプルに重いんよ。


 もうね、ぽよん♡ とかそんな可愛い擬音がする存在じゃないの。もっとこう、ずしっ……っていう静謐かつ厳かな物理的重量なの。それを上段の商品を取って貰う度に繰り返し繰り返し……こんなの日常的に続けてたら、いくらヒトオスの身体が搾精に耐えられるくらい頑丈でも、そのうち首の骨が逝っちゃうよ。


「ま、まあ今日はどういうのがあるのかな~って色々見れればそれで良かったので、欲しくないものを無理に買っても仕方ないですし……。それに、この後予定もあるのでこの辺で──」


「え゛。で、でも……あーそっか、別に絶対ここで買わなきゃ駄目ってわけじゃないんだもんね……」


 お姉さんには手伝って貰って申し訳ないが、お仕事用は妥協したくないしやっぱりオーダーメイドだな、これは。プライベート用に今のやつを買い替えたい気持ちは変わらないが、ピンと来る物がない以上は諦めよう。

 そんなことを思っていると、


「あ……ちょっと待って! よく見たら、もっと奥っ♡ の方で重なって、隠れてるやつがもう少しで……あっ、届いたぁ♡」


 頭上でバルンバルン跳ねさせながら危ないワード放つの止めて貰えませんかねぇ!? しかもこっちはモグラ叩きのモグラさんになった気分なんですけど!


「ふー、取れた取れた。さては誰かが雑に戻したなー? ……ね、これはどうかな? 好みに合うかは分からないけど、その、君に似合いそうだなーって」


 そう言って渡されたのは肩掛けのお洒落な鞄だ。落ち着いたデザインで、内部空間は見た目よりやや手狭だが……スペース分けがしっかりしていて、内側にポケットも多い。流石に鍵とかは付いていないが、普段使いとして考えたらかなりの部分で理想的な代物だった。


 このお姉さん、よくこんなの見つけたなぁ。ただでさえ手が届かない棚の更に奥とか、もう男に売る気ないだろこんなの。……いや、違うな。恐らく本来は店員が颯爽と助け乳を出すのがこの店の手口だったのだろう。だってこっちガン見してるもん。あの女郎、余計なことしやがって……みたいなオーラが漂っている。


「ど、どうかな……。やっぱり駄目? センスなしのゴミ? ご、ごめんね! 処女でオタクでSNSでイキるしか能がないアラサー目前の社畜OL風情が、人生で初めて男の人に頼られたからって調子に乗って本当にごめんね……!」


 いや卑屈過ぎぃ! 急にヘラるじゃん……聞いてるこっちまで悲しくなってくるわ。もっと自分に優しく生きてもろて……。


「いえ、凄く気に入りました。ありがとうございます! これは展示用みたいですし、ちょっと行って買って来ますね」


「ぴょえ!? いいいい今お礼言われた!? え、笑顔やば……リアルヒトオスめっちゃ良い匂いしたぁ……。わ、私デキる女っぽく振る舞えたかな……。ってかオタクってバレてないよね?(※自分でバラしました) うわ~……何か流れで選んじゃったけど、こんなの実質デートじゃん……。い、イケるか? 嫌な顔ひとつせずにおっぱい支えてくれたし(※見えてない)、もしやワンチャンある? ああああでもこの後予定があるって言ってたしそれってお断りの常套句ぅ(超絶早口)」


 …………。

 ……。


「お会計──円になりまぁす」


「カードでお願いします(※学びを得た)」


 ……つい勢いで買ったはいいが、これからスタジオで配信なんだよな俺。荷物増やしてどうすんだ。

 別に誰も気にしないとは思うけど、さっきまでショッピング楽しんで来ました感全開で事務所に行くの、大分アホっぽくない?

 そのように内心で今更頭を抱えていると……その、なんだ、美魔女風元お姉さん的な? ちょっと貫禄がある感じの店員が裏から出てきて、落ち着きのない様子でこちらをチラチラと見てくる。何よ、何なんよ。


「……お客様、当店では本来このような形で梱包したものを手提げ袋にお入れしてお渡しするのですが──もしかして、ひょっとすると、折角だしこのまま使ってお出かけしたいな~。なんて思っていたりしませんか? 思いますよね?」


 ええ……何かめっちゃ圧掛けてくるんですけど。


「いや嵩張るし……」


「そうでしょうそうでしょう! お荷物を入れるための鞄が荷物になったらそれこそ本末転倒。そ、こ、で、偶然にも当店では本日只今より下取りキャンペーンを行っておりまして。今ならなんとオトクなキャッシュバックが!」


 随分と食い気味だったけど、それは本当に偶然かい? 実は必然だったりしない?


「お客様が今お使いになっている物ですと、そうですねぇ……取り敢えず即金で7万では如何でしょうか」


 取り敢えずで7万って何だ!?

 

「いやいやいや、これ陰毛デリゾン(※世界最大の通販サイト『Delivery zone』を略したネットスラング。デリゾン→Delicate zone→陰毛。発売日になっても発送されないことへの皮肉から無毛と呼ぶことも)で買ったブランド不詳の安物なんですけど!? 使い古しで結構あちこち傷んでるし、絶対そんな価値ないでしょ!」


 それを使ってる自分が言うのも何だけど、人によってはほとんどゴミと変わらんぞ!

 しかし件の店員は「やれやれ、素人さんはこれだから……」とでも言いたげな表情で、


「お客様、どのような業界にも『古いからこそ味がある』という品は存在するものです。いわゆるヴィンテージ物というやつですね」


 それを堂々と名乗っていいのは、貴重だとか質が良いとか、何かしらの価値があるものだけだと思うんですがそれは……。単なる中古を同列に扱ったら専門家に怒られるぞ。


「今お客様がお使いになっている鞄には、若い男性の汗、吐息、そして体臭……。それら全てが染み渡り年月を掛けて熟成された、マニアも生唾ゴクリな逸品。それも少年期の終わりと青年期の始まり、その両方をミックスした二度とは手に入らぬ超レア物。我々の業界では国宝級と称しても差し支えない──そのような生地が齎す濃厚な味わいとは、果たして如何ほどのものでしょう……!」


 ──キッッッッッッショ……!!!!


 いやキショいって!


「食うなや! ってかそこまで汚くねーわ!」


 いくら草臥れてるとはいえ、それは遠出しないから使う機会が少なくて何年も買い替えなかっただけであって、別に全裸で背負って持ち歩いてたわけじゃないんですけど!


「テイスティングと言って下さい。あるいは鑑定と呼んでもいいでしょう。専門家としての当然の義務です」


「単なる変態としてのアンタの趣味だろ! つーかそんなイカれたキャンペーン勝手に始めたら上の人に叱られるぞ!? ……いやもう叱って貰った方が早いわ、ちょっと今すぐ責任者を呼んで──」


「当店の支配人はワタクシですが、何か?」


 お前が責任者なんかーい!


 ふえぇ……かつてないほどヤバい奴に遭遇したよぉ……。

 これに比べたら、パイ揉ませコーヒー屋も露出定食屋もお茶目な一般人でしかないよ。


 後になって冷静に考えると、普通に断って二度と来なければいいだけのことなのだが……如何せん変態としてのインパクトが強すぎた。そうこうしている内に周囲の注目を集めてしまったらしい。集団の中から代表するようにして、気の強そうな感じの知らない女の人が前に出た。


「ちょっとオバサン、さっきから聞いていれば勝手なことばかり言って……その子に失礼でしょう!?」


 こ、これは……まさしく天からの助け!? 女神様は俺を見捨てていなかったんだ! 助けてください。頭のおかしい変態に、頭のおかしい絡まれ方をしてるんです!


「──私だったら10万は出すわ」


 ファッキュー女神。もう二度とお前を信じない。紀元前から売れ残ってる処女はこれだから……


 ──そこから先は語るべくもない。アホになったヒトメスの群れは統制を失い「12、いや13万!」「ならこっちは15よ!」と本人そっちのけでオークションが勃発。そのうち、何かのイベントかな? と無関係なギャラリーまで増える始末だ。それは男女比を抜きにしても、だからお前らモテないんだろ……と心底から納得させるに足る光景であった。


 ……よし、今のうちに逃げよう。幸いお会計は終わった後だし、別に売るとも言ってない。……でもこの厄ネタ旧鞄はどうにかして処分したいなぁ。──あ。


「え、ええ……? 何これぇ……。ちょっと脳内で幸せ家族計画してたら、いつの間にか店内が世紀末に……」


 おっと、丁度良いところに迷い込んだ子羊生贄が……。恐らく俺が遅いので様子を見に来たのであろうお姉さんの姿を発見した俺は、いそいそと新入りの鞄ちゃんに私物を移し替える。これからよろしくな。

 そして困惑している彼女の側にこっそりと近付き、声を掛ける。


「お姉さんお姉さん、色々と手伝ってくれて助かりました。それと、素敵な鞄を選んでくれてありがとうございます。どうでしょう、似合ってますか? ──それじゃあ俺はこれから仕事があるので、もう行きますね」


「えっ」


「ついでと言ってはなんですが、こっちの古い方は差し上げます。要らなかったらあっちに居る連中にでも売り払って下さい。──ではそういうことで」


「えっ」


 そして華麗に脱出。あれだけ親切にしてくれた相手に爆弾処理を押し付けるようで少々心苦しいが、まあ変態相手に良い値で売れるらしいし。損をさせるわけじゃないから別にいいか。俺の預かり知らぬところでなら、もうどうとでも扱って欲しい。


 ──というわけで、今回は間違いなく勝ちですねこれは。

 余裕があったらフードマーケットも見ていきたかったが、長居は無用。さっさと事務所の近くに移動して、その周辺で差し入れ用のお菓子でも探すとしよう。


 何なら金持ち御用達の高級洋菓子店とか行ってみたいなぁ(※テーマパーク気分)、今からワクワクしてきたぞ!

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