STAGE2-1 ファッションビル『PACORU』 

STAGE2 ファッションビル『PACORUパコル


 これが孤独なアラサー未婚OLのグルメドラマであれば既にEDの最中かもしれないが、この俺もといアラヤくんの一日はまだ始まったばかりなのだ。


 というわけで腹ごなしに少し歩きつつ、PACORUへとやって来たぞ。ウィンドウショッピングというやつである。

 今日のところは時間潰しかつ暇潰しがメインだが、一応ちゃんとしたお目当てもあるのだ。


「うーむ、なるほど……条件を満たす物となると、必然的にアタッシュケースっぽくなっちゃうのか」


 お仕事用にちゃんとした鞄を買おうと思っている。

 いくらスマホの中のアバターが本体の配信業とはいえ、今日のようにスタジオに行くこともあれば、外部での収録やお仕事も少しずつ増えてくるだろう。ポッケに財布とスマホのコンビニスタイルは流石に舐めすぎである。

 ある程度の身嗜み用品は必須だし、スケジュール帳やモバイルバッテリー等々細かいものを含むとそれなりに嵩張るだろう。特に折りたたみ傘は絶対に必要だ。突然の雨で立ち往生からの湿チワ事案とか目も当てられない。


 何せ今使っているやつは、入ればいいや感覚でポチった通販印の謎ブランド。中身の整理もごちゃごちゃと面倒だし、最早いつ買ったのかすら記憶が定かではないのですっかり草臥れた有様だ。

 それに今後は一応セキュリティにも気を配った方がいいだろう。防犯というより、俺は『妖怪・念入りに探した筈の場所から失せ物が出てくる』や『妖怪・ちゃんとそこに入れたもん!』に目を付けられているので、自分の所持品に対する管理能力をあまり信用していないのだ。

 遺失は論外として、単純にVTuberを想起させる道具や資料を他人に見られるだけでも危険だからな。何せ現状は男V=俺なので、誤魔化しが効かない。慎重になって損はないだろう。


 なので鍵付きかつ内部にホルダー付きの整理もし易い、良い感じの鞄を探しているわけだが。

 

「アタッシュケースか~」


 俺の中のアタッシュケースって、マフィアや黒い組織の怪しい取引的なイメージが強いんだよな。しかも大体奪われるやつ。なぁ、チェリー……。

 でも正直嫌いじゃないし、プロフェッショナルっぽい雰囲気への憧れは否定出来ない。ただ流石に少しゴツいかなぁ? 勿論メッキ加工じゃない落ち着いた革製品なんかもあるのだろうが、


「巡り巡って、最終的に朱雀院関係のオーダーメイドに行き着く未来しか見えない……」


 多分これが一番早いと思います。


 名前は知ってるだけの前世ブランド知識なんて、そもそもメーカーから違うこの世界ではクソほど役に立たないし。鞄に限らず、何ならもう全身朱雀院コーデでいいんじゃないかなとすら思ってるトコあるわ。いっそ企画か何かで配信のネタにでもするか……?(※職業病)

 どうせならコラボグッズや案件の候補として、運営さんに相談してみようかな。男受けも狙えそうだし、実用的なグッズを好む人も居るだろう。持ち歩いてもオタクに見えないというのは重要である。


 となるとやはり今回は、デザインを中心に見て回るだけになりそうだ。まあ今の鞄が残念過ぎるので、気に入った物が見つかれば単純に普段使い用として買い替えるのもいいとは思うが……。


 ────。

 ──。


「……それじゃあ次は、あの棚のやつをお願いします」


「オッケー、よいしょっと♡」


「う゛ッ……」


 その結果がこれである。


「はいどうぞ、これで合ってるよね?」


「アリガトウゴザイマス」


 頭部に触れる人肌の温もりと柔らかな感触、それと同時に首へと襲いかかる圧倒的質量。

 だがこれは仕方のないこと……。この世界の構造上、決して避けることの出来ない不可抗力的な事象なのだ。


 そう……たとえ質のいい魅力的な商品の並ぶ棚が、ヒトオスの身長ではギリギリ届かない不自然なほど丁度良い高さにあったとしても──それは世の規格がヒトメス基準なのだから当然のこと。


 そのためヒトオスがひとりで上段にある品を取るためには毎回誰かしらにお願いする必要があり、その度に何故か必ず背後に位置取って背伸びやぴょんぴょんしながら頭におっぱい乗せられてしまうとしても! それはあくまで男女の体格差から生じる必然であり、そこにスケベだのセクハラだのという疑問を挟む余地は一切存在しないのである……!


 ……だからこの通りすがりの休日コーデ風お姉さんにも決してエロ気はない筈なんだ。彼女は店員というわけではないが、飛んでも跳ねても絶妙に届かない俺の様子を見かねて、親切にも助けを買って出てくれた優しい人なんだ。悪いのは全部世界と歴史と社会とこの店の設計なんだ……!





 思い……出した……!

 乳圧で脳を刺激されたせいか、無意識に前世の価値観を当て嵌めて上書きれーぷされていた最新の社会常識が蘇る。

 そうだった。この世界では嘘でも冗談でもなく──『おっぱいはセクハラに含まれない』のだ……!


 邪魔だから、他より幅を取るからとデブやノッポを理由に裁く法などあっていい筈がない。だからおっぱいの大きさだけを理由に善良なヒトメスを痴女と間違えてはいけません。おっぱいが頭に乗るのも埋まるのも、それってヒトオスがちっこいだけ(※常にヒトメスの方がデカいだけ)ですよね? 勝手な思い込みでセクハラと扱いとか、恥ずかしいとは思わないのですか?


 お釣りの手渡し程度で真心が伝わるのなら、より心臓ハートに近い乳渡しはその完全上位互換。大体手渡しなんかして、そのまま店員が男性の手を握ったまま結婚してくれるまで離さなくなったらどうするんです? むしろおっぱいを活用した行為は、男性の安全に配慮したうえで温かみを感じさせる対応であると称賛されるべきでしょう。

 ──でもラッキースケベは天の悪戯だから仕方ないよね。女神の祝福がありますようにgod bless you


 実際は男性向けに、より湾曲かつ難解に装飾して取り繕ったうえで最終的に論点をずらして煙に巻くような言い回しになることだろうが……つまりはそういうことだ。


 ──いやそうはならんやろ!?


 いくら手を出したらアウトだからって、じゃあ乳を出したらセーフですねって。そんなことある……?

 つくづくこの世界ってヒトオス優遇に見えてヒトメス中心なんだよな……。そりゃ人口の大半がそうなんだから、考えてみれば当然っちゃ当然なんだけども。


 ……何だろうね、長い時代を経て皆もう麻痺してるんじゃないかな。無理矢理れーぷしなきゃ大体セーフ、みたいな。今までヒトメスの感情クソデカ過ぎやろ、こっわ。と思っていたが、むしろ逆だわ。感情クソデカ過ぎてヒトオスに嫌われたら生きて行けない極端な生態のおかげで、今平和にヒトオスが天狗になって過ごせているんだ。俺はどうでもいい日常パートでこの世の真理を悟った。

 

 それでも一応、街中で突然男に抱き着いたり、強引に自分の身体を触らせようとするのはセクハラだ。

 だから連中はあくまで偶然を装ったり、そうせざるを得ないような事情を用意して理論武装する。例えばおっぱいで手元が見えないとかな……!

 歩きスマホの結果ヒトメスにぶつかったとして。その時の勢いでおっぱいに顔が埋まっても、そんなものどう考えても前を見ていない方が悪い。いくらヒトオスがイキって「お前が避けないせいだ!」と叫んだところで、おっぱいに埋まってて何言ってるか分かりませ~ん♡ 危なっかしいから保護しなきゃ♡ となるのがオチだ。過失の割合は明確な筈なのに、これじゃどっちが当たり屋か分かったもんじゃねえ……。

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