STAGE EX-1 第三種接近早漏

 なんとなくもう二度と会えない気分になっていたわけだが、考えてみたら次も同じタクシー会社使えばいいだけだったわ。指名制ってあります? ……いやデリヘルかよ。名刺貰っておけばよかった。


 さて──思えば俺は、今日だけで良くも悪くも色々な目に遭った。そして当然これからも。

 コーヒーを買えばお釣りを乳渡し。メシ屋に入っては半ストリップ。親切なお姉さんに乳を乗せられ、変態には男の出汁が染み込んだ鞄を求められた。

 更には初めて清楚を感じた女性でさえ、当たり前のようにおっぱい料金所をしてくる始末。……でも異性の下着や胸に紙幣を挟むタイプの支払い方法って、前世でも割と普通なのでは? チップやおひねりくらいの違いしかないじゃんね。


 ともあれその中にセクハラはなかったかもしれないし、あるいはあったのかもしれない。結局のところ、答えは各々の腹の内──ヒトメス風に言うなら子宮の内にしかないのだろう。


「なんだかとっても疲れたよ、パコラッシュ……」

 

 いやまあ、別に一日中歩き回ってたわけじゃないし、無駄にスペックが高いヒトオスボディの陰で体力的には全然平気なんだが……心労というか、精神的にね。やっぱつれぇわ。


 そんなことを考えながら、俺はハイソな雰囲気漂うカフェのテラスに腰掛けていた。


 ……こいつ休んでばっかだな、と自分でもちょっと思うが、まあなんだ。女子=スイーツという安易な発想に至ったはいいが、俺自身言うほど甘味に詳しくないので、目利きもクソもないのをすっかり忘れてたよね。深く考えず、素直に美味いと思った店の物を買えばいいだけのことではあるのだが……正直、店舗を巡って食べ比べを敢行するほどスイーツへの情熱は持ち合わせていなかった。俺は高級スイーツよりも『おっほっほ』を食べながらクジラさんを探すことの方に幸せを感じる男。そういうところをアピールしていきたい。


 なので最初からそうしておけよという話だが……諦めてメイちゃんに連絡したよね。あのセメント系メイドは自分の仕える主人に対して、それこそ妹のご褒美プリンを素知らぬ顔で平らげる姉のような所業を平然とやる。何なら備え付けのお菓子も自分の好みで選んでいる節があるので、そういうのには詳しいと踏んだ。そして見事に事務所からも近く、どれを選んでもハズレなし。カフェも併設されているので、その場で味を確かめられますよ──と今いる店を紹介してくれたわけだ。ぐう有能。


 そんなわけで、色んな種類のお菓子が少量ずつ盛り付けられたメンズセット的なオサレプレートをちびちびとつまみながらお持ち帰り候補を選びつつ、ついでに今日という日を振り返っていたわけだが。


 ……この濃度でまだ半日と少しってどういうこと? しかもこの後に耐久配信する予定まであるってそれマジ? 


 なんだろうなぁ……やっぱ価値観の差って大きいよね。切実に。セクハラの定義が俺の理解を越えてるんだよね。

 解は合ってるのに途中式が迷子というか……俺にとってはご褒美と変わらない内容であっても、毎回その理由や過程が斜め上を飛び越えて亜空間から切り込んでくるせいで「は~ヒトオス生活たまんねぇ~」とか「承認欲求うめぇ~」の前に認知的不協和で感情が宇宙猫になるんだわ。


 というか今更なんだけど、他のヒトオスはみんな普段一体どうやって対処してるんです? 俺に限らず、ヒトオスはおっぱいには勝てないってうちのリスナーの間では専らの噂なんですけど……。


 よし、ここは先人の痴恵に倣ってみよう。この席から世のヒトオスくんたちを観察して、彼らの対応を見てみようじゃないか。


 



 おおっと、そんなことを言ってる側から発見。友人と装飾品を選んでいるヒトオスくんが二人──恐らく男子校の生徒だろう。あの年頃で当然のように貴金属で自分を飾る感覚に軽く目眩がするが……。いや、むしろこっちの男基準だと、俺の方が飾り気のないお芋さんなのか……? マジで?


 この世界の同性とのギャップに戦慄を覚えていると、彼らの方へ向かってヒトメスグループが接近。ナンパかな? 背丈から見てこちらも学生だと思うが、果たして結果は……?


 グッドコミュニケーション!


 ……いやー、今のは中々のプレイングだったのではないでしょうか? ──解説のアラヤさん。

 そうですね~。誘いを掛ける前に、まず相手が興味を持つ話題から入ったのが良かったみたいですね。──実況のアラヤさん。

 彼らはジュエリーショップに居ましたからね。つまり的確な情報分析こそが勝利の鍵であるということでしょうか。──解説のアラヤさん。

 その後の対応力も評価したいところです。単純に褒めて持ち上げるのではなく「こっちの方が似合うと思うな~」とあくまで選択権を委ねるのは上手いですね~。対戦相手は自尊心の強いタイプですから、これで何も主張せずに引くことは出来なくなりましたよ。──実況のアラヤさん。

 なるほど! 好感触ならそれで良し。たとえダメ出しをされても、それはそれで「え~、じゃあどういうのが好きなの~?」や「ね、ね、そんなにセンス良いなら私のも選んで欲しいな~」にパスが繋がるんですね! ……おや、彼らは店から出ていってしまいましたが、これは? ──解説のアラヤさん。

 どうやらお茶の出来るところへと場所を移すようですね。丁度こちらの店に向かって来ますよ「色々教えてもらうお礼にご馳走するね♡」と報酬の先払いをして、逃げ道を塞ぐつもりなのでしょう。──実況のアラヤさん。

 蘊蓄を披露するだけなら店内である必要はありませんからね。これは実質合コンに近い流れなのでは……? つまりは勝ち確、これにてゲームセット……! 以上、実況はわたくし鬼公方アラヤ、解説もわたくし鬼公方アラヤでお送りしました! 


 ──なお、信じられないものを見たかのような表情で呆然としている女子会の方々や、男と会話する機会すら失ったショップの店員さんのことは気にしないものとする。決して目を合わせてはいけません。家まで憑いてきちゃうぞ。


 ま、まあ今のは珍しい成功例だろう。少年たちは他の同性と比べて、自分だけ器が小さいと思われたくないプライドが上手く作用した。少女たちもまだ学生なので「男! 結婚! セックス!」と安易な交尾に走らなかったのがエロを奏した。


 きっと彼らは今日という日を楽しく過ごして帰れるだろう。たとえ『一生の思い出にちゅーだけでも!』という涙ながらの懇願に安請け合いしたせいでそのままお持ち帰りされたとしても、それは分からせれーぷではなくラブラブ純愛ックスなので直ちに問題はない。お幸せに。


 ──さて、脳内実況をしながらそんな光景を見送ったはいいが、


「なんか俺の時と全然対応違くない……?」


 貴女たちって本当にヒトメスなんですよね。ちょっとやり方が手緩すぎやしませんか??? 


 男を過剰に持ち上げたり機嫌を取ることに躊躇がなかったし、めっちゃちやほや全肯定してたから、彼女たちは間違いなくこの世界の住人の筈だと思うのだが……。あれれ~? おかしいな~? 今の一連の流れには、身体接触のひとつどころかおっぱいの「お」の字も出てこなかったんですけど……。あれあれ? もしかしてぼくだけ世界観違います?


 い、いやいや落ち着け……今のは学生だから、というのもある筈だ。

 この世界ではヒトオスの方が早熟なようで、中等部を卒業するくらいの年齢で食べ頃に育つ。一方ヒトメスの大半は、JKでもまだ『メスガ期』だ。色々な部分がすくすくと育ってはいるものの、育ちきった同年代の男子よりはまだ背も低い。だからおっぱいは頭に乗らない。

 なにより学生故に未婚社会の恐怖をまだ身を以て知らないので、下心や性欲はあれど『今すぐ孕んで結婚すりゅ!♡』という圧も少ないだろう。それこそお嬢様学校みたいなところに通う生徒なら、ヒトオスへの節度も比較的心得ていよう。


 俺もそっちが良かったなぁ……。というか何でこの国には共学がないの? あ、そんなことを許したら、下手すりゃメスガ期女が貴重な男を全部持っていきかねないからか。この世は足の引っ張り合いで出来ている。まあすぐデカくなるから最終進化先は結局変わらんしな……。

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