三次元では抜けない女 そのいち

『性別の記載をお間違えではないでしょうか?』


『本当に男性でよろしいのですか?』 


『え、マジで男なんです……?』


 という再三の確認に始まり、


『PR動画を拝見致しました。濡れたので間違いなく男性ですね。つきましては面談のため弊社へお越しいただきたく──ねえどこ住み? てかBOIN(メッセージアプリ)やってる?』


 一次審査の合格通知にしては恐ろしく不安を煽る出会い厨の如きアポイントを経て、


「すぐに社長が参りますので、どうぞこちらへお掛けになってお待ち下さい」


 そして当日。事務所の応接室へと通された俺は何故か、備え付けのソファー……ではなく社長秘書を名乗るメイドさんの膝上に座らされていた。ええ……?


「申し訳ありません。男性を呼び付けておきながら大変恐縮ではありますが、お嬢様──もとい社長はとにかく『真打ちは遅れて登場』というのを好む方でして」


「アッハイ」


 平然と続けるじゃん……。


 まあ時の権力者なんかは威厳を示す手段としてそういうこともやっていたらしいが……それはそれとしてただのアホでは? でもなんか微妙に理解出来るのが嫌だわぁ……ほら、ボスキャラとか先に登場した方が噛ませになる的な……。


 いやそうじゃなくて。


 ……もうね、突っ込んだら負けだと思って言わなかったけどこの人、初対面で「社長秘書の専属メイドです」って言い切ったんだわ。秘書なのかメイドなのかもよくわからんし。今こうして『自分、椅子ですが何か?』と言わんばかりに人のこと抱きかかえているのはもっと意味がわからない。結局お前は誰なんだ……。


 客というのも違うだろうが……我応募者ぞ? もしや既に面談は始まってる的な……やべー女相手の対応力とか試されているんです?





 ──黒髪のメイドであった。この貞操逆転世界の女性には珍しく露出の少ない、ロングスカートのクラシックスタイル。無口という程ではないが表情と抑揚にやや乏しい、いわゆるクール系。そして言うまでもなくデカいしデカいしデカい(※背丈、胸、尻)


 いっそ貞操の危機を感じたなら話は早かったのかもしれないが……何が怖いって、有無を言わさず人を膝に乗せる癖に、それ以外は何もしてこないのが逆に怖い……。


 手指はヘソの付近で組んだまま微動だにせず、息遣いも平常そのもの。おっぱい? ただの備品のクッションですよ。と性欲の欠片も感じさせない様はもはやプロフェッショナルと言っていい。プロの椅子ってなんだ。


 でも知ってるよ。こういう事務的で感情薄そうなタイプこそ、地雷を踏んだ瞬間に力尽くで壁ドンしながらエグい捕食ベロチューしたり、夜のチンチン列車では無表情で「さっさとコキ出せ」とか無限お絞り編に突入する危険があるって。ぼくはくわしいんだ(※一部愛好家の性癖にブッ刺さるらしい)


 落ち着こう……不覚にも困惑こそしたが、俺もまた歴戦のクソ童貞。伊達にこの貞操逆転世界にいながら性癖を拗らせてはいないのだから。


 まず、メイドさんという情報からして奉仕欲か何かが悪魔合体して拗らせたタイプだろう。こういう手合いは意外と自分からは一線を越えてこないので、されるがままの方が安全だ。下手に過剰反応して拒絶する方が危険と見る。


 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。前世の自分は愚者であったかもしれないが、今生の俺は賢者である。イキリ転生者と化し、ヘイトを蓄積して『分からせ』られる末路など存在しない、と断言させていただこう……!


 理解不能、意味不明、それがどうしたというのか。必要なのは最低限のラインと、実害の有無。それだけでいい。


 ──そう、俺はVTuberになるため『にじこん』に応募し、今この場にいる。肝心の社長まだ来ねぇけど。


 前世のVとて、ただちやほやされているだけの存在ではなかったのだ。アンチは勿論、ゴシップや、憶測だけで炎上することさえ珍しくない業界。


 そしてここは貞操逆転世界。方向性は違うかもしれないが、良くも悪くも頭のおかしい女には事欠かず、前世の価値観故に理解が及ばないことも未だに多い。だが俺は俺の目的のため、そういう連中の性癖を受け止めてガチ恋させる気概でこの場に来たんだろうが……! ……どうせ最終的には他のヒトオスくんたちに放流するんだし(小声)


 にじこん社長がアホな理由で未だに姿を見せないのはむしろ僥倖と言える。面談の前に、前世にまで立ち返り初心を思い出せたのだから。──性癖は自由、みんな違ってみんなエロい。そうだろう?


 恐怖の根源とは未知だ。それはベッドの下の隙間とか、街灯のない暗がりと同じもので、恐ろしくしているのは自分自身。警戒と怯えは別物だ。ナンパやセクハラは数多かれど、レイプ魔が跳梁跋扈しているような世界じゃない。ならば勝手に膝に乗せて頭部をおっぱいクッションに埋めてくるだけの無害なメイドさんの一人や二人、一体なんの問題があるというのか(錯乱)


 フッ、見切ったぜ。つまりこの世界の対人における最適解とは──パイタッチくらいなら笑って許してくれるオタクに優しいギャル……!(この間0,01秒)





「それにしても、この椅子の座り心地は中々のものですね」


「っ!? ……恐縮です」


 緊張を解し、適度なリラックス状態へ移行。脱力に合わせて後頭部をより深くメイドさんクッションに沈めつつ、会話と独り言の中間くらいのトーンを維持する。


「配信環境を整えるのにあたって、機材や防音が重要なのは当然として……やっぱり椅子選びも大事ですよね」


 種族人間は基本的に雑魚なので、そもそも座るという行為に向いていない。人体への負荷という点においては、なんなら寝っ転がっている方がマシ、というのを前世で聞いた覚えがある。デスクワークが原因の腰痛や、日々の大半が座り作業の配信者が若くして整体の常連という話は珍しくなかった。


 ……まあこの世界の腰振り強者であるヒトメスにその辺の理屈が通じるかは不明だが、負担のケアと軽減というのが重要なことには変わらない。少なくとも自分がVTuberとして活動するにあたっては必須だろう。ゲーミングチェアの話である。


「先にある程度揃えることも考えたんですけど……素人判断で失敗することを考えると、やっぱり実際に活動している方やスタッフさんに相談するのが一番丸いんですよね。ほら、こちらの事務所にもこんなに良い感じの椅子がありますし」


 そこまで椅子を主張するならこっちもその気で相手するまでだ。まあ状況に対する得体の知れない恐怖さえなければ男の夢だからね、おっぱい枕に太もも座席って。でも贅沢な話、この世界で暮らしていると段々とおっぱいに対する有り難みが薄れていくんだよな……。好物でも毎日食べると飽きるのは、一人暮らしでカレー作ったことある奴は大体みんな経験済み。


 そんなこんなで──しかしこのメイドさん椅子、当たり前だけどアームレスト肘置きが付いていないのが地味に不便だなあ……。とか順応しすぎてクッソ失礼なことを考えていると、


「お待たせ致しましたわ~!」


 ババーン、という効果音が今にも聞こえて来る勢いで応接室のドアが開け放たれ──女性が薔薇の花弁を(自分で)舞い散らしながら現れた。


 ワインレッドを基調とした、ザ・お嬢様のお手本のようなワンピースドレス。

 くりくりとした好奇心旺盛な大きな瞳に、常時ドヤ顔と言わんばかりの自信に溢れた表情。

 何より特徴的な──毛先だけが臙脂色に染まったアッシュゴールドの縦ロール。


 その姿はあまりにも覚えのあるもので、


「天壌無窮才色兼備、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百花繚乱──そう、わたくしこそ四十八手院カリンあらため──代表取締役社長、朱雀院華燐すざくいんかりんと申しますわ~!」


 …………。 


「まさかの実名プレイ!? あんたリアルの自分そのままデザインしたんか!?」


 そりゃあ四十八手なんて姓はネタだとしても……いや、この世界でならあり得るかもとちょっと思ったけど、それ以外は名前も容姿もほとんどそのまんまだぞこの女! ロールプレイ強者って次元じゃないんだが……。


 お、落ち着け。思わず突っ込んでしまったが、普通に礼儀としてアウトだ。とにかくまずは挨拶、アイサツは大事。


「し、失礼致しました……。本日は宜しくお願い致しま……グエッ!?」


「あらご丁寧。はい、こちらこそ宜しくお願い致しますわ、ってええ……?」


 今度は何なの……? 立ち上がってお辞儀をしようとした瞬間、重力に引き寄せられたんだが……。


 ──見ると、微動だにしない椅子、もといメイドさんのガッチリ組まれた両手が安全バーみたいに引っ掛かっていた。ウソでしょ……。


「こ、このポンコツ秘書さっぱり呼びに来ねーと思ったら、一体全体何していやがりますの!?」


 いや待たされてたのこいつのせいなんかい。


「いいえ、私の職業は椅子です。本日よりこの方専用のゲーミングメイドです」


 ……そしてこの状況はもしかしなくても俺のせいなんです?

 お口チャックを決め込んだ俺を救出すべく、カリン社長がキレ散らかす。


「おめーは虹色にでも発光する気なんですの!? 椅子なら椅子でお馬鹿なこと言ってないでさっさとその方を解放なさい!」


「……? 簡単に外れるシートベルトに意味があるとでも?」


 装着者の意思をガン無視して外れないシートベルトはただの欠陥品では……? もうなんでもいいから早くタスケテ……。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛こいつマジでおクソですわ~~~~~~~~!!!!」





「本っっっっっ当に申し訳ありませんですの……!」


 平身低頭である。面談開始と同時にトップに頭下げられるとかどういうことなの。


「いえ、何と言うかあまりお気になさらずに……。そ、そう! 男がVTuberに応募するというのは非常に珍しいケースみたいですし、ある意味ではタレント業のようなものですから、面談の前に敢えて女性に対する立ち振る舞いを確認したかった──ですよね?」


 珍しいどころか絶無なのだろうが、話が進まないからもうそういう体にしておいて欲しい。


「えっ、それだとわたくしがこれをけしかけた黒幕ということになりません……?(小声)え、ええ! あっさり見抜かれてしまいましたわ~おほほほほ!」


 何なんだろうなあこのどうしようもない茶番感……!


 なお、真の元凶はしれっとした調子で、


「どうも『これ』です。ひと目見て運命だと確信致しました。この方こそ──私のご主人様であると」


「おめーの主人は立場上わたくしなんですわよ! 何ならおしゃぶり咥えてた頃からのお付き合いでしてよ!?」


 そんなの幼馴染みどころかもう姉妹じゃん……。そりゃお互い遠慮もなくなるわ。それで結局お前は誰なんだ。 


「──カッ! どうぞメイドのメイちゃんとお呼び下さい。愛用の家具に愛称を付けるが如く」


 半目で見ていると、唐突にカットインが挿入されて心を読まれた。何だその無駄な能力……。でもそれは名前じゃねえ。


「はぁ~~~~……。これがうちの駄メイドの功績というのは非ッ常~に癪ですが! 応募者が殿方ということもあって、本日の面談も対人……というより対メスへの対応というのは最も懸念していた要素であったのも事実ですから。ここはお手間が省けたと思いましょう、ええ」


 これ見よがしなクソデカ溜め息と共に自己暗示を始めたカリン社長だったが、一転して申し訳なさそうな表情を見せる。


「……あの、それはそれとしてもうちょっと砕けた話し方にしていただけないかしら……? 敬語で喋る殿方って違和感がもの凄くて──何だかボス戦の後に裏切りそう」


「みなさん、よくやってくれました──これでお前たちは用済みだ。……って違うわ! 礼儀を心掛けてそこまで言われることあります!?」


 そりゃあ、この俺様が選んでやるんだから光栄に思え! 的な態度の一般ヒトオスと並べたら逆に胡散臭い気がしなくもないけども。


「ぅん゛っ、うそでしょ真っ先にネタの方に反応するの……?(小声) と、とにかくその辺りの問題はなさそうで安心しましたわ、ええ! 正直、その場のノリや道楽目的の応募でしたらお話にもなりませんし。本気であったとしても、他メンバーや制作スタッフなんかも在籍している以上あまり高圧的な態度の方ですと、その──率直に申し上げて、収録や配信中の『分からせ』おれーぷ待ったなしですわ……!」


 急に恐ろしいこと言うじゃん……。


「うちのライバー連中はまあ、皆様ちょっとアレなのであまり心配はしていませんけど……。子作り生配信で箱の関係者がまとめてメスブタ箱行きになるのは笑い話にもなりませんわ。うちのスタッフ、基本的に実家を出る時に連れて来たわたくしのメイドですし」 


「実家というと──」


「ご主人様。そちらの元お嬢様は、朱雀院財閥の御令嬢にあたります」


 補足助かるけどさり気なく乗り換えようとするの止めて。


「元じゃねーですわよ! ……まあ本流なだけでわたくし別に嫡女ではないので。お家のことはお姉様にブン投げて、こうして好き勝手やっているという訳ですの。ですから──こう言っては失礼ですが、わたくしにとって男性というのは然程珍しいものではありません。囲っている男性使用人が来客や一族の関係者に摘み取られるお姿なんて実家じゃ日常風景ですわ」


「いちご狩りかな?(震え声)」


「食べ頃の果実という意味では的確な喩えですわね……」


 嫌な日常系もあったもんだ……。というかこの世界で逆ハー作ってる朱雀院家って地味にヤバくない? 男が少ないとはいえ、そりゃあ居るところには居るだろうが──あ、やっぱりそのための男子校?


 実際に「詰め襟が曲がっているぞ」「お兄様……」とかやっているのかは知らんが、名家や大財閥から「うちと契約して仲良しグループみんな一緒においでよ!」とか白いあん畜生みたいな勧誘されたら付いていく奴は普通にいそう。きゅっぷい。


「まあ、そんな訳でわたくし──リアルの殿方ではお惣菜(※オカズ)になりませんの!」


「なんて?」


 この頭ロールパン今ので会話を何段すっ飛ばした?

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