三次元では抜けない女 そのに
リアル殿方ではおシコり申し上げられない。
勿論それは、お母様の赤ちゃんお部屋在住の頃から時既に手遅れでしたわ~、的な意味ではなく。唐突に回想で語られる悲しき過去やトラウマといった、昨今の闇堕ち系によくある複雑なお事情とかそういうのは特に何もなかった、ということ。
とはいえ環境がわたくしをその様にした、と言われれば否定も出来ませんが。
わたくしは朱雀院家という、大勢とは言わずとも身近に男性が居て当たり前の環境で生まれ育った。
財閥を始め、有力者の多くは男性支援事業を手掛けており──つまり一族の者は率先して『私達は守護るべき男性を襲ったりなんてしませんよ~。ほんとホント。これが嘘ついてる目に見えるの? あ、おっぱいに埋まってて見えないや。でもおっぱいはセクハラじゃありませ~ん。ヒトオスくんがちっちゃいせいだからしょうがないよね~?』という範を示す立場にあり、理性を鍛えて本能をステイさせるためにも幼少期から免疫を付けるという目的があるわけです。
そもそも男性がSSRではない環境に身を置けば子作り射幸心を煽られることはなく、上に立つ者としての余裕が生まれるというもの。
ブランドと同じで、そういった信用や安心の積み重ねあってこそ、警戒されることなく男性を雇用出来るというわけですわね。
だからわたくしは、決して男性という存在そのものに不満があるわけではなくて、
「あれ、でも配信で言ってたどちゃくそえっちな殿方とかいうのは? あ、お惣菜じゃなくて主食とかそういう……」
「それがどこにもいらっしゃらねーから二次元の闇に堕ちたんですわよ! お分かりになって!?」
朱雀院華燐はシチュエーション過激派でしてよ。
▼
そんなわたくしでも、三次元の殿方に夢や希望を抱いていた時期は勿論ありました。
当時のわたくしにとってラブコメ漫画は教科書で、愛と勇気を教えてくれる恩師は画面の中の存在だった。
子供の頃──大きくなった自分はわたくしのことが大好きで仕方がない旦那様と毎晩運動会でどちゃくそに騎馬戦をしているものだと思っていた。クローゼットの中には時間停止装置や催眠アプリを授けてくれるドスケベロボットが隠れていて、オタクに優しいえっちなお兄さんは本当に居るのだと信じていた。
しかし現実は違った。
初めて見た若いオスの使用人。彼らは一様に高慢で、オタクを得体の知れない生き物と思っていた。最初はまあ、趣味嗜好は人それぞれですからと思ったものの。でも使用人の分際で「それリアルでやればよくない?」「ゲームでやる意味が分からない」はマジで許しませんことよ。我朱雀院華燐ですわぞ? いくら殿方が希少とはいえ、所詮は多数の内のひとりふたりでしかないモブにおもねるほど飢えてませんことよ? 何せ我、選り取り見取りなえりーとお嬢様ですので。
……とか逆張りしていたら、その多数が皆様こんな感じでしたわ~!
えっ、殿方ってもっと爽やかでスイートなアニメ声で喋るんじゃねーんですの? 風が吹いたら服が脱げ、汗を散らせば花弁が舞い、決めポーズで世界は光に満ちるんじゃありませんの!? これが標準のリアル殿方……? お、おビームは? 目からおビームも出せないんですの~!?
そんな風に純粋無垢な幼き朱雀院華燐の夢を打ち砕いた彼らも、しばらくするとご自分が肉食獣の食卓に置かれた美味しいお肉であると理解するや否や、途端に態度が一変「せめて明るい内はジャスティンを休ませてください……!」じゃねーんですわよ。幼女に何言ってやがりますの。あなたのお交尾事情は業務ではなくプライベートなので関知しなくてよ。っていうか自分のモノに名前を付けるな。
そりゃあそうなりますわよね~。いくら我が家のメイドが多少理性的に強く、好感度目当てでニコニコと
後から知ったことですが、これこそが朱雀院家に代々伝わる教育法でした。
──まず二次元で理想を学び、三次元で現実を識る。
そうすることで我々ヒトメスの本能たる『生意気な雑魚オスを分からせてやりたい欲』と『それはそれとして怯えているヒトオスくんもかわいそうでかわいいよね欲』という円環の理を断ち切るのですわ。
……なお、どう見ても分からせられる未来しか見えない態度と振る舞いの若い男性を未矯正のまま勤務させているのは、メイドたちに対する福利厚生の一環でしたわ。婚活サポート制度まである朱雀院財閥はホワイト企業。結婚後はヒトオスの性格やヒトメスの飢えは勝手に落ち着きますから、矯正の手間も省けますものね。先任の既婚男性使用人たちも手ぐすね引いて新しい仲間を歓迎していましたわ。
ともあれそうした邪悪な教育システムの賜物により、朱雀院の女は堅気の殿方相手に無闇に発情することもなければ、強引に迫るようなこともしない完璧な淑女性を身に付けるわけですが。進化の果てに得た捕食本能を切り捨てた、あるいは打ち勝った代償として──。
性癖がめっちゃ歪みますの。
そのせいで下のお姉様なんかは、親友同士である殿方の間に挟まることでしか興奮出来ないお身体に……!
──そしてわたくしといえば、夢と未来に溢れた過去へ逃げ込むように。あるいは深淵にずぶずぶと沈むようにして二次元に淫しましたわ。
東に新刊あらばメイドをパシり、西にアクリルスタンドあらばメイドを並ばせ。
くっころにも負けず。
触手にも負けず。
アヘ顔にも、ダブルピースにも負けず。
バブみと無知シチュには勝てず。
アオハルなラブコメには動悸が止まず。
その末にわたくしの性癖は──、
ニチアサ応援しててもオタクキモいって言わない殿方がいいの! スマシス(※大乱交スマッシュシスターズ)で復帰狩りしても怒らない殿方がいいの! 抱き着きながら腹筋撫で回しても「しょうがないなぁ」って笑って許してくれてあわよくばそのままえちえちタイムに突入させてくれる殿方がい~い~の~!!
オタクに優しいえっちなお兄さんはいるもん! 薄い本にはいたもん! えちちなゲームにもいたもん!
うぅ……クソですわ。やはり三次元はおクソ……! わたくし二次元の殿方をお婿さんにしゅるうぅ……。
──その時、わたくしのIQえりーとなお嬢様頭脳は完璧な解答を導き出しました。
▼
そう、そのためのVTuber! そのためのにじこん……!
「2Dimension Contact productionとは──それ即ち、わたくし自身が
「負けフラグじゃん……(小声)」
四十八手院カリンとなった瞬間、わたくしは実質推しキャラと同じ世界で同じ空気を吸っているも同然! コラボグッズとかもはや子作り通り越して出産では? 案件募集中ですわ!
当初は"箱"という括りですらなく、わたくしのためだけに立ち上げたというのに。類は友を呼ぶといいますか、同類相憐れむといいますか……気付けばあれよあれよという間に満たせぬ性癖を曝け出したいだけのアホが集まり。
そして今、新たな風として呼び込む予定である二期生──その最後の候補者が目の前に。
油断は出来ませんわ。何せ相手はアホメイドに促されるまま平然とお膝に座ってリラックスする豪の者。果ては拘束され掛かってなお罵倒や皮肉すら出てこない(※ツッコミが追い付かないだけ)というマジ天使であり理性を惑わす悪魔。
ひょっとしてひょっとするんですの……? とか全然そんなことは思っておりませんが! しかし慢心してわたくしの知る有象無象のヒトオス共と同列に扱った瞬間──オチる。ワザマエに愛されしタツジンを前にしたかのような、既存の価値観を裏返されるのではないかという期待と恐怖を予感させる手合……!
わたくしは慎重に、かつ誠実に会話と質疑を重ねて行く。
……ではまず拝見したPR動画の件から。異世界から転生──定番ネタはありますが、設定を作り込んで来たのは意欲を感じさせますわね。
男女比が約半々? モテない殿方が余っている? あの、もうちょっと詳しいお話を……あ、いえ何でもありませんわ。設定のお話ですものね、おほほ。
こほん、失礼しましたわ。確かに女性に対して距離感が近くオープンに振る舞う男性、というのは夢のある存在ですわね。インパクトの面では初の男性VTuberという点だけでも十分ですし、変に尖った設定よりも実際にいそうで身の回りにはどこにもいない、でもやっぱりどこかにいて欲しい……。オタクに優しいお兄さんに通ずるものがありますわ。……え? そもそもご自身がオタクだから「オタクに優しい」の定義に入れていいのか分からない、ですか? ふ、ふ~ん。ふうぅぅぅぅぅぅん。
で、では次にVTuberを志した切っ掛けなどを~……え、婚活? オタクと一緒に童貞をお拗らせになった!? 確かに後々の既婚バレとか脳が破壊されて廃人が出そうだからその辺どう訊いたものかと思っていましたけども! 言わなくてもいいことは言わないでいいんですのよ!? あの、実は緊張していらっしゃる……? 段々とお目々がぐるぐるなさってませんこと!?
というか、そもそも男性なのですから探せばお相手はいくらでも……なんですのそのクソデカお溜め息!?
──な、なるほど。未婚女性たちの不満を解消しつつ、ご自身が先駆けとなって脚光を浴びることでヒトオス層を刺激し、世に男性VTuber文化を根付かせたいと。……なるほど、わたくしだけが二次元となるだけでは足りぬと。雌雄のVTuberが多く集ってこそ三次元をこちらの領域に引き寄せられる……マン有淫力の法則(※ヒトメスがヒトオスに引き寄せられる性質のこと。逃げても無駄)ですわね。興味深いですわ。
にじこんにはわたくしを始め既存の一期生、そして二期生採用には当然ながら同期となる方も存在しますわ。わたくしとしても男性だけが魅力の"箱"と扱われるのはおファックですので、コラボはなるべく積極的に……あら、むしろ望むところであると。はい? 一人残らず性癖を破壊してみせる? わたくしそこまで言ってませんわよお待ちになって!?
え~、でしたらコラボの際にやってみたい企画案など、今時点で何かアイデアをお持ちであれば……え? タランチュラまでなら食べれると思う? NGなしで【地獄企画】には全部参加する……? いえあの、確かにうちはアイドルとかシンガーとかお他所と路線を比べたらぶっちゃけヨゴレ系ですけども! 殿方にやべーことさせた結果お叱りを受けるとしたらわたくしなんですわよ!?
────。
──。
「さて、にじこん零式生(※零期生。零式とかプロトタイプって格好いいですわ~というだけの理由で名乗っている。誰も呼ばない)であり社長でもあるわたくしの役目とは、主にライバーが暴れたりやらかした際におケツをもちもち♡ することですが……。大切なのは外交力、人脈、資本……そのどれでもないと考えておりますの。まあわたくし全部持っていますが」
「今何でマウント取った?」
それはともかく。
「最も大切なこと……それはトップであるわたくしこそが誰よりもにじこんを愛し、所属ライバーたちを推すということ! それでは最後になりますが──方法はなんでも構いませんわ」
語る、歌う、演じる魅せる。未熟荒削り未完成、大いに結構。
「今から配信をしているという体で、この朱雀院華燐に一瞬でも推せると思わせてくださいまし……!」
…………。
……。
「つまり──社長が俺でシコれたのなら採用ということでよろしいか?」
えっ。
▼
十分経過。
「それじゃあ次は、お耳のマッサージをしていきま~す。ふぅ~~っ(生ASMR)」
「あっ、あっ、あっあっあっ──(拘束&目隠し済み)」
三十分経過。
「いっぱい頑張れてえらい! でも疲れたらちゃんと休んで、辛くなったら逃げてもいいんだよ。一番大切なのは君自身なんだからね? いい子、いい子~」
「ぐっ、う゛ッ、ぉおお゛ッ、ぎっ……! に、にじこんを背負っている限り、絶対にわたくしは屈したり、ぐッお゛ぎゃ……!」
「悪の組織の洗脳に抗う主人公かな?」
一時間経過。
「三次元はお惣菜にならないんじゃなかったんですか~? ほら、推~せ♡ スパチャしろ♡ でもデビュー前にガチ恋するのは許しませ~ん♡(※とても ちょうしに のっている)」
「何をボサッと不動絶頂キメていますのメイドォ! クレカと新しい下着をご用意なさい……! 今すぐにですわ~~~~~~~~!!」
どうやらわたくしたちは──"親友"のようですわね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます