生類憐みの令、誕生

翌日には早速、江戸の町には御触れが出た。かなりのインパクトで、町はザワついていた。

「てぇへんだ、てぇへんだ!ひこべぇ。」

「なんでぃ、もんざえもん。おいらは字が読めねぇんだ。ちょっくら、読んでみてくれ。」

「おいおい、驚くんじゃねぇぞ。ワンころ、怪我させちまったら、捕まっちまうぜ。」

「何言ってんだか、意味が全く分からねえよ、もんざえもん。」

「だ、か、ら!ワンころを怪我させちまったら、取っ捕まちゃうってことだよ!」

「なんと!一体全体、どうなってんだ?」

「この間、ウワサによると将軍さまが、ブラっと町に来たらしいんだけどよ。」

「ほう、それで?」

「どうも、将軍さまの目の前で子犬が大八車で轢かれちまったらしいんだ。」

「でも、そんなことよくあるじゃねえの。」

「だけどよ、エラい将軍さまが怒っちまって。これから、犬を大事にするように、って仰ったらしいんだ。」

「へぇー、そりゃまた。」

「どうも、その場の思いつきじゃなくて、こうして御触れになったってことさ。」

 その頃、城の庭で、元気になった子犬がキャンキャンと走り周り、モモは追いかけて遊んでいた。そんな将軍を見て、桂昌院と御台所はケラケラと楽しそうに笑っている。

(上さまの生き物を慈しむ心は海よりも広くございます。)

吉保は感動して泣いている。

子犬が庭にある池の縁に近づく。池には色鮮やかな錦鯉が優雅に泳いでいる。獲物を見定める狩猟本能がかき立てられたのか。

「ダメよー、落ちたら溺れちゃうからね!」

 錦鯉は子犬の気配を感じ、水面から水底に潜り、その姿を消した。子犬は錦鯉の姿を追い、池を覗きこむ。そして、何やら違う獲物がいることに気づく。そう、池に映る自分だ。水の中にいる獲物は、自分を見つめている。そして、ウ~ッと小さな唸り声をあげる。相手も負けじとこちらを見て威嚇してくる。

「今、見えるのは敵じゃなくて、あなたよ。」

 怒っている子犬が可笑しくて、モモはクスクスしながら諭した。子犬はウ~ッと唸り、やがてキャン、キャンと興奮して吠え始めた。

「ほらほら、だから、それは自分だって。」

子犬の興奮は高まり、一歩後ずさりしては吠え、また威嚇するように近づいては吠える。そして、意を決したのか、池の中の自分に飛び掛かろうとした。子犬を捕まえようとしたモモは池縁の石に足を滑らせ、声を上げる間もなく、池の中に落ちた。池の深さは浅いが、パニックって溺れた。池の水が口の中に入ってきている。みんながいる場所からは、死角になっていて、誰も気づかない。子犬が異変に気づき、キャンキャン吠えているのが、池の水の中でこもった音となり聞こえる。

(う、お、溺れる、、)

錦鯉と目があった瞬間、モモは気を失った。

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