一匹の子犬

帰り道、御台所が見つかって、いや、というより想像以上に美味しかった串団子を食べたことでモモは上機嫌だった。夢にしてはリアル過ぎるモチモチ感だった。

(夢が続いていたら、明日も家臣に買ってきてもらおう。)

JKはいつでも楽観主義なのである。モモは満腹感と白馬の適度な揺れが相まって、眠くなってきた。モモは伸びをしながら、プァーっとひとつ大きなあくびをする。そこに突然、一匹の茶色の子犬が目の前に飛び出した。当時の江戸の町には、飼い犬という概念がなく、町に野放しで犬が住み着いていたのだ。御成りの時には、犬たちが道に飛び出ないように、つなぎとめられていたが、御成りとは露も知らないので、いつものように野放しだ。

「あっ、危ない!」

モモの声も届かず、町人の大八車に衝突した。キャインという甲高い鳴き声とともに子犬は吹き飛ばされ、道の端に倒れこむ。大八車は便利な運搬道具だが、大きな欠点が一つあった。ブレーキがないのだ。だから、荷物を積んで重くなると、急には止まれないのだ。もとより、初めから、止まってまでして犬を轢くまいという気持ちが人々にはなかった。

「ちっ、邪魔な犬めが。」

町人は小声で呟く。心配した吉保がモモに声をかける。

「上さま、お怪我はございませんか?」

「待て、待て、待てーい!そうじゃないでしょ!止まれ―い!」

モモは馬をから降りて、一目散に先ほどの子犬のもとに走り寄る。

「大丈夫?大丈夫?しっかりして!」

吹き飛ばされた恐怖で、ブルブルと震えて、クゥンと小さな声で鳴いている。モモは優しく撫でながら、子犬にささやく。

「痛くない?大丈夫。もう大丈夫だからね。」

将軍の一連の動きに、吉保、隆光そして家臣たちは何が起きているのか理解できていない。天下の大将軍が、子犬を大事に抱きかかえている姿は、全くの想定外なのだ。

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