誰かに似ている

目の前の桂昌院を見てモモは17年の人生の中で最も驚愕した。するどい眼光と絶対的な権力を笠にマウンティングしてくる威圧感。

(な、なんと私のママにうり二つ!これはまさにデジャブ!)

「綱吉、そちは、御台所にどのような教育をしているのじゃ。」

(うわっ、しゃべり方もママそっくりじゃん。教育って言っても、オンダイドコロに会ったことないし、全くの赤の他人だし。)

「ごめんなさい!」

モモには身に覚えがないことだが、とりあえず条件反射的に謝る。軽い反抗期に入ったモモであるが、小うるさい母をいなす如才ない処世術は身につけていた。アンガーマネジメントとして、とりあえずは口答えをせずに謝り、説教を聞き流すのだ。

「そちが嫁の尻に敷かれているから、私のことまでなめて、口答えをするのじゃ。」

桂昌院は額に思いっきり深い皺を寄せて、モモを上から睨みつけながら、言い放つ。

「ご、ごめんなさい!」

モモは反射的にまたまた、とりあえず謝る。どうやら、事の顛末はこうだ。

いつもの午後のように、御台所は自分の部屋で、おやつの金平糖を食べていたのだ。おそらく一人の時間を満喫していたのであろう御台所のところに、桂昌院が入ってきた。

「あなた、ゴロゴロばっかりしていないで、お琴や歌の練習をしたらどうなの!」

どこかで聞いたフレーズである。

「あなた、スマホばっかりしてないで、素振りするとか、走ってくるとか少しは練習したらどうなの!」

(そうそう、いつものあれあれ。)

モモはいつも母親に怒られているセリフを思い出していた。モモは高校ではテニス部に所属しているが、オフの日はソファに寝転がり、ポテチを食べながら好きな韓流スターの動画をスマホで観ながらゴロゴロするのが至福の時である。御台所は全く動じず、大好物である金平糖をボリボリと食べていた。

「あなた!聞いているの!お稽古は!」

ますますいきり立つ桂昌院だが、御台所もなかなかの強者である。金平糖をつまんでは口に入れる、その手の勢いを緩めなかった。

「ちょっと、無視しない!正室としての素養を高めるのが務めでしょ!」

桂昌院はまくし立てた。

「うっさいなぁ。」

ボソッと御台所は呟いた。

(いやいやそれ、アンガーマネジメントとして、絶対にだめでしょ。)

「今、なんと?なんとおっしゃい!」

桂昌院の怒りの火に油を注いでしまった。

「うっさいとは何事!」

「しつこいからです!食べたらやります!」

「そう言っていつもやらないじゃない」

「言われなくても。や・り・ま・す・から!」

「だったら、サッサと始めなさい!」

次の瞬間、御台所はムクッと立ち上がると、頭の上から怒りで湯気が立っている桂昌院の横を目もくれず通り過ぎた。

「ちょっと、待ちなさい!」

桂昌院の呼びかけに、御台所は歩みを止めない。そして、おもむろに振り向き、一言放った。

「お散歩に行かせていただきます!」

「ちょ、ちょっと、待ちなさい!」

今度は桂昌院の声に反応することはなく、御台所は大奥を出て行ってしまった。そんな御台所を連れ戻すために、隆光、吉保、そして綱吉が招集されたということだ。

「隆光、それでは御台所の行方を占いなさい。」

桂昌院は隆光を一瞥すると、早口で申しつける。お家問題が何か勃発すると、桂昌院はまずは隆光に相談するのだ。

「はっ、桂昌院さま。御台所さまが、ご無事にお戻りになられることを祈願いたしまして、大日如来様に所願成就、唱えさせていただきます。」

隆光は護摩をたき始め、厳かな雰囲気で真言を唱え始める。

「オン アビラウンケン バサラ ダドバン、、、」

隆光の祈祷が始まった。モモには何を言っているのか全く意味不明である。

「オン アビラウンケン バサラ ダドバン、、、」

(この崇高な儀式が嫁姑の喧嘩で家でした嫁探しで行われているなんてね。)

フツフツとこみ上げてくる笑いでモモの体は小刻みに揺れている。そんなモモの姿を見て、後ろに座っていた吉保は感極まった。

(上さまが泣いておられる、それほどにも御台所さまを愛されておられるか。)

「ぐわっ!」

突然大きな声で隆光は叫ぶと、モモと桂昌院の方に目を見開いて向き、興奮した声でまくし立てる。剃り上がった頭は、汗が吹き出して、床には水だまりが出来ている。

「上さま、桂昌院さま。出ました。出ましたぞ。御台所さまのいらっしゃる場所が。御台所さまは東の方に向かわれました。」

「おー、さすがは隆光じゃ!そら、綱吉。早く探してまいれ!」

桂昌院は興奮して早口で綱吉に伝える。“モモ、早く学校行きなさい!”、と叫ぶママそっくりだ。モモは振り返って吉保を見る。吉保はさらに感動した。

(上さまの目は涙で溢れている。一刻も早く、愛される御台所さまを見つけなくては。)

そう、モモは笑いをこらえ過ぎて、涙目になっていたのである。

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