第34話 あの人…ちょっと挙動が不自然な気が…

 帰宅途中、何かがおかしかった。


 響輝ひびきは、唯と久しぶりに岐路を共にしている。

 そんな中、二人の瞳には、スーツを着た人物が映っているのだ。


 一件普通そうに見えるのだが、何か挙動がおかしい気がしてならなかった。




「ねえ、お兄ちゃん。あの人、なんで学校の通学路にいるんだろうね」

「さあ? 俺もよくわからないよ」


 二人はこっそりと会話をする。


 スーツを着こなした人物と距離があり、小声で話していることも相まって聞こえてはいないようだ。




 その人物は社会人のように見える。それに、どこかで見た感じのある雰囲気があった。


 誰かに似ている。


 そんなことよりも、なぜ、ここにいるのかという疑問の方が強い。

 ゆいも、怪しげな視線を、その人へ向けていた。


「そういや、学校で不審者報告があったな」

「そうだよね。そんなこと、私のクラスでも噂になってたし」


 二人はまた、通学路周辺を歩いている、スーツを着用している男性を見た。




「ねえ、お兄ちゃん。本当に怪しいし、どうする? そのまま寄り道しないで帰る? それとも、誰かに連絡してからにする?」

「んん……でも、学校で問題になっていた不審者情報と一致した人なのかも不明だしな。勝手に通報するのもな……」


 響輝は悩むが、結果としては何もしないことにした。

 不審者じゃなかったら、警察にも、そのスーツの男性にも迷惑をかけることになるからだ。


「やっぱり、報告しない感じ?」

「ああ。あの人、誰かを待っているだけかもしれないし。勝手に不審者扱いするのも」

「……まだ、不審者かどうかもわかってないんだもんね。余計に通報とかしない方がいいよね」


 唯は戸惑いながら、一応頷いてはくれた。




「というか、早く帰ろうか。自宅で色々とやるべきこともあるし」

「そう、だね……」

「視線を合わせないように歩いていれば気づかれないだろうし。自然な感じに歩けばいいさ」


 響輝は唯と、こっそりとやり取りをしていた。


 二人は再び通学路を歩き始めるのだが、少し遠くにいたスーツの男性が近づいてくるのが分かったのだ。


「あれ? こっちに来ているような気がするけど……」


 唯は不安そうな声を出す。

 そして、響輝の左腕に抱き付いてきたのだ。

 緊張感が高まる状況なのに、おっぱいの膨らみを感じ、複雑な心境に苛まれた。




 というか、本当に、あの男性が近づいてきてるんだが……。

 そうこう考えていると――


「ちょっと話を聞きたいんだけどいいかな?」


 黒縁眼鏡をかけた、比較的冷静な態度を見せるスーツを着こなした男性。

 近くで見ると二十代半ばくらいに見える。


 突然、話しかけられ、反応に困ってしまった。


 そもそも、初対面なのに、何を聞かれるのだろうか?




「君は、響輝君で間違いないのかな?」

「え……」


 なぜ、スーツの男性は知っているのだろうか?

 嫌な予感しかせず、戸惑う。


 唯から左腕をさらにギュッとされた。

 早く逃げようという意思表示に感じる。


「すいません。少し用事があるので、ここで」


 響輝は適当な理由をつけて、その場から立ち去ろうとしたのだ。




「君、逃げる気かい?」


 響輝は唯と共に、背を向けて歩き出そうとしたのだが、男性から呼び止められてしまう。


 響輝同様、唯も背筋をビクッとさせた。


「僕は君と会話がしたいんだ。僕の妹と付き合っているのに、別の子と付き合ってるのかい?」

「妹……と付き合ってる? どういうことでしょうか?」


 響輝は、背後にいる男性へと視線を向ける。


 まさか、兄妹同士で付き合っているのが、世間的にバレてるってこと?

 いや、そんなわけないだろ……。


 響輝は内心、一人でツッコミを入れるのだが、怖くなってきた。

 見ず知らずの人に、色々な情報を握られているような気がして、やはり、その男性は不審者かもしれないと、一瞬脳裏をよぎる。


 左腕を引っ張られた。

 妹の瞳からは、その男性を無視してという言葉が聞こえてきそうな感じだ。




「君は僕の妹を汚しておいて、その態度はよくないんじゃないかな?」


 その男性は眼鏡を触り、真面目な表情を見せる。

 不審者というより、エリート系のサラリーマンであることを見せつけるような態度であった。


 響輝は唾を呑んだ。


 緊張感に押し負け、言葉を口から出せなかった。


 でも、冷静になって思う。


 妹という単語。そして、スーツを着た男性。

 それから思いつくのは、不審者という結論ではない。


 もしかしたら、この人が莉緒の言っていたお兄さんかもしれないと――

 一瞬、脳裏を過ったのであった。

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