第31話 これも、あの妹系ラノベのネタにするの…?

 遊園地というのは、久しぶりに訪れると楽しめるものだ。


 響輝ひびきは、唯と楽しいひと時を過ごしていた。

 妹と、こうして同じ時間を共有できていることに喜びを感じてしまう。


 高校生になってからというもの、ゆいからはバカにされてばかりだった。

 わだかまりがあり、同じ家に住んでいるのに、遠い存在に感じていたが、この頃は良好である。


 あの頃と比べて、昔のように兄妹水入らずな間柄で、遊園地を満喫しているのだ。

 実の妹とデートなんてありえないかもしれない。けど、非現現実的なシチュエーションもいいものである。




「お兄ちゃん、あーんして」


 今、二人は遊園地内に設置された店内にいる。

 テーブル先に対面する形ではなく、隣同士で座っていた。


「んッ」


 響輝は突然の行為に、唾を呑み。左隣にいる唯を見やった。


「早く、口を開けてよ。今日は、小説を書くとき用に、ここまで来てるの。しっかりとやってもらわないと困るから」

「ごめん、じゃあ、口開けるから」

「んん、なんか、ちょっと違う」

「何が?」

「お、お兄ちゃんの方から、積極的に食べに来てよ」

「そういう話にするのか?」

「そ、そうだよ。だから、私に言われたからやるとかじゃなくて……」

「俺が判断してやるってこと?」

「一応ね、でも、手順通りじゃないと嫌だし。そういうところも考えてよね」

「なんか、要望が多いな」

「これも小説には必要なの。私はそういう実体験的なのを描きたいから……」


 唯の声が次第に大人しくなっていく。視線も、響輝からちょっとばかし、逸れ始めている。


「早く」

「うん、わかった」


 唯のやり方は細かい。それほど、小説には力を入れているという証拠なのだろう。


 あの妹系ラノベを楽しめているのは、唯の器用さがあってのことだと思った。


 ここまで兄の事を想ってくれている妹は、あのラノベに登場する妹の他に、この世界で唯くらいしかいないだろう。


 響輝は、隣の席に座っている唯からスプーンを差し出されている。それにはシチューが掬われており、響輝はそれに口を近づけ、飲む。


 唯と一緒に居るからなのか、家で食べるよりも嬉しさが湧き上がってくる。ここは自宅とは違い、周囲の目があるのだ。

 程よい緊張感の中、同じ食べ物を共有できていることに幸せを感じていた。




 やっぱり、唯には想いを伝えた方がいい。

 莉緒とは、今後のために別れようと思う。

 いつまでも、ハッキリとしない関係性を続けていたとしても、後々良いことなんてないからだ。


 響輝はそう決心を固めた。


 唯に本心を伝えるのは後にして、今は食事をすることに集中するとして。

 左隣に座っている唯は頬を真っ赤に染めている。何かと思い、気になっていると。


「お、お兄ちゃん、今気づいたんだけど」

「何を?」

「お兄ちゃんが口に含んだ、このスプーン、私のモノだったの」

「ん? え? 気づいていて、そのスプーンでシチューを掬ったんじゃないのか?」

「え⁉ お、お兄ちゃんは気づいていたの⁉」

「まあ、気づいてはいたけど。あれ? 唯は本当に気づいていなかったの?」

「……う、うん……」


 唯は現実に引き戻されたかのように俯きがちになり、体から熱を発するほど火照ってきている。


「私、お兄ちゃんのスプーンで掬ったはずなんだけど……これじゃあ、間接……?」

「……キス的な?」

「ん⁉ そ、そういうのは、口にしないでよ、もうー」


 唯は激しく慌てている。

 予定と違い、あり得ない現状。唯は自分のやっていたことを振り返り、頭から湯気が出始めていた。


「き、気づいていたなら、言ってよ、お兄ちゃん」

「いや、俺はさ、小説のネタに使うのかと思って。違ったの?」

「……うん。違うからッ」


 唯は恥ずかしそうにしながらも、ハッキリとした口調で頷く。


「で、でも、小説のネタ……そういうシチュエーションを入れても悪くないかも」


 一応は納得してくれているみたいだが、まだ頬が火照っている。


 本当に大丈夫かな?

 響輝は気に掛けるように、唯に顔を近づけた。


「んッ、きゃ、きゃあ、な、なに、お兄ちゃん⁉」

「ちょっと気になって。本当に大丈夫か? 体が熱くなってるようだし」

「だ、大丈夫だから。というか、すべて、お兄ちゃんのせいなんだからね」


 唯は響輝に背を向け、拗ねてしまったのだ。

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