第29話 俺は唯と一緒に…でも…

 実の妹が、自分のことを好きになってくれるのは嬉しい。

 多少の戸惑いはあるのだが、響輝ひびきは正面にいる唯へと視線を向けた。


 今は、ゆいの部屋にいる。

 妹のベッドの端に座り、響輝と唯は隣同士で、今後のことについてやり取りを重ねようとしていた。


 唯のためにデートをしようと思い立ったわけだが、実のところ、どういったデートプランがいいのかわからないのだ。


 響輝が勝手に決めてもいいと思うが、唯のラノベの原稿にはプロットというものがある。

 適当な場所でデートをしてしまうと、ストーリーの構想とかが変わってくる可能性があるのだ。


 響輝の下手な言動のせいで、新作の内容が浅くなっては元も子もない。

 原作者である唯の意見をまず重要視しなければいけないだろう。


「私、遊園地とかに行きたい……んだけど……お兄ちゃんは、どう思うかな?」

「遊園地に行きたい? 次の巻で遊園地が出てくるの?」


 とうとう物語に登場する兄妹の距離がさらに近づくことになるのか。


 そう思うと、響輝は内心、ワクワクが止まらなかった。

 口元が緩んでくる。


「お兄ちゃん、なんか、嫌らしいこと考えてない?」

「そ、そんなことはないよ。むしろ、兄妹同士の恋愛で、ニヤニヤして、嫌らしいことを考えない人なんていないんじゃないか?」

「うッ……そ、そうかも……」


 兄と妹の恋愛モノは、そういった性癖を持った人が読むべきものなのだ。

 だから、兄と妹のデートシーンを見て興奮しない奴はいないだろう。


「唯もさ、嫌らしい気持ちがあって、そういうラノベを書き始めたんじゃないのか?」

「そ、それは……」


 体が熱くなるように、唯の頬が赤く点火する。


 先ほど、ラノベを書いている時の姿を見せたことも相まって、唯は何も言い返せなくなっていたのだ。




「唯は、遊園地に行くってことでいいか?」

「う、うん……」


 唯は恥じらう顔を見せ、軽く頷いて見せた。


 むしろ、今まで生意気だった唯が、大人しくなっていくのを見ていると、余計に一人の女の子として意識してしまう。


 唯と一緒に遊園地でデートさえすれば、妹のことが本当に好きかどうかハッキリするはずである。

 デートした後に、唯に本当の気持ちをストレートに伝えようと思う。


「唯はさ、どうして、遊園地にしたの?」

「だって、一番のデートスポット言ったら遊園地かなって……単純すぎるかな?」

「そんなことはないけどさ。まあ、唯がそう決めのなら、俺は従うけど。でも、遊園地か……なんか久しぶりな気がする」

「そうだね。遊園地は久しぶりだよね……それと……ありがと、お兄ちゃん。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 唯は軽く笑みを見せてくれるのだった。


 ……んッ……やっぱり、唯のことを意識してるから、こんな気持ちになるんだろうな。


 響輝は唯のちょっとした仕草だけでも、心が揺らいでいる。

 あのラノベに登場する妹が、現実にいるような気がして、嬉しいような気恥ずかしい気分になった。


「お兄ちゃん……」

「な、なに?」


 隣にいる妹の事ばかり考えてばかりで、一瞬ボーッとしていたようだ。

 唯の問いかけに遅れて気づき、左の方にいる妹を見やった。


「お、お兄ちゃんは、莉緒先輩とはどうするの? それとね、あと一つだけ、お願いしたいことがあって。私と一緒にラノベの創作を手伝ってくれるなら。莉緒先輩と別れてほしいの」

「莉緒と?」

「うん。じゃないと、私、不安になるから」


 唯は、嫉妬しているのだろう。

 けど、そういった感情をストレートに口にすることはしないのだ。

 遠回しな気持ちの伝え方だった。


 響輝は唯と一緒に、創作の手伝いをしたい。

 しかしながら、莉緒と付き合ったばかりであり、急に振るというのも気が引ける。


 なんせ、相手は学校一の美少女なのだ。

 莉緒りおは皆に、フラれたことを言いふらすような子ではないと思うが、響輝はマイナスなことばかり考えてしまう。 




「お兄ちゃん、莉緒先輩と別れてくれるって約束できる、かな?」


 唯は首を傾げ、問いかけてくる。


「で、でも、急に莉緒と別れてって言われても……すぐには決められないって」

「どうして? 私の手伝いをしてくれるよね?」

「唯の手伝いをしてみたいんだけど。やっぱり、後で返答してもいいか?」

「私、すぐに返事を聞きたかったのに」

「ごめん。そういうのはすぐには決められないんだ。学校での俺の立場もあるし」


 響輝は陰キャなのだ。

 適当な反応を見せてしまったら、人間関係が拗れてしまいそうで怖い。


 ただでさえ浮いているのに、これ以上、下手な言動で自分の立場を崩したくなかった。


「そうだと思うけど……わかったよ。後でいいから……そういうところをハッキリとしてよね、お兄ちゃん」


 唯は悲しそうな顔を見せている。

 妹はすぐに響輝の気持ちを知りたかったのだろう。


 響輝は、あの妹系のラノベのファンの一人なのだ。

 だから、今後のために、莉緒と別れると言ってくれることを望んでいたのかもしれない。


 響輝の心の中では決まっている。唯の方を選びたいと――

 しかし、莉緒とデートした思い出もあり、なかなか、踏み込んだ決心を口にはできなかった。

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