第28話 私の本当の姿を知っても引かないでね…
「お兄ちゃん……入ってもいいよ」
唯は、部屋の扉からこっそりと顔を出し、自宅二階廊下の壁に背をつけ、待機していた響輝をジーッと見つめていた。
「もう入ってもいいの?」
「うん。わ、私ね……ようやく決心がついたから、私のね、いつもの光景を見せてあげるから」
「本当に見せてくれるのか?」
「そうだよ。だから入って……」
唯は話し終えると部屋の中に姿を消していった。
響輝はまたラノベグッズだらけの妹の部屋に足を踏み入れる。
「お兄ちゃん、こっちに来て。私の近くに……」
唯は恥じらうように小声で言い、ノートパソコン前の椅子に座っていた。
響輝は妹の近くに到達するなり、パソコンの画面に映し出された文章の羅列を見ることになる。
まだ、書店にすら並べられていない、唯の原稿。
先ほどチラッと見たものの、直接見るとまた変わった印象を受けた。
「私ね、今ね……お兄ちゃんとデートをしているところを書いている途中なの」
「だよね。見た感じ、そんな気がしたよ」
「見ただけでわかるって、なんか怖いよ」
「それだけ、唯の小説を読んでいるってことだから」
唯から少々引かれている感じである。
「あのね……私、この頃うまく書けないの」
「なんで? いつも通り書けばいいんじゃないのか?」
「それが出来たら、苦労しないんだけどね……」
椅子に座っている唯は俯きがちになり、溜息交じりの声を出す。
「悩んでいることがあるなら相談に乗るけど?」
「いいの?」
「俺ら兄妹同士で家族だからさ。困ってるなら……でも、できる範囲までしかできないけどね」
「それでもいいよ」
唯は真剣な表情を見せるものの、頬を紅葉させていた。
「お、お兄ちゃん、私のために付き合って……明日でもいいから」
「付き合う? デートとして?」
「うん……明日でもいいから。お兄ちゃんの本当の気持ちも知りたいの」
「小説のネタにするとか?」
「それも理由の一つだけど……私ね、今までお兄ちゃんとの空想の出来事ばかり書いてたの。それでもよかったんだけど。物語上で、お兄ちゃんキャラと妹キャラが付き合うような展開になってから、上手く表現できなくなって」
「それで、実体験が欲しいってこと?」
「う、うん……そうだよ」
唯は軽く視線を合わせながら愛らしく頷く。
「ダメかな? 締め切りも近いんだけど、どうしても上手く書けなくて」
唯は涙目になっていた。
唯が小説を書けないということは、新作が書店に並ばないということを意味している。
結果として、響輝もその新作を読むことができないのだ。
それは絶対によくない。
ここは一肌脱いで、唯のために必死に頑張ろうと決心を固めるのだった。
「俺やるよ。兄として、唯にしてあげられることには全力で向き合うよ。だから、そんなに落ち込まなくてもいいからな」
響輝は椅子に座っている唯の右肩を、左手で触り、自信をつけさせるように言う。
唯と実際に付き合って、それから妹に自分の想いを伝えようと思った。
小説の一環としてデートすれば、自分の気持ちがハッキリとするだろう。
「ありがと、お兄ちゃん……」
唯は少々照れながら小さい声で言う。
「でも、その前に、唯が小説を書いているところを見たいんだけど。そういう約束だったじゃん」
「うん。み、見せるけど、引かないでね……」
唯は椅子に座り直し、パソコンを見ながら、胸を撫で下ろすように深呼吸をしていた。
唯はチラッと横目で響輝の方を見る。
「今からやるからね」
唯は緊張しているのか、何度も確認するような発言をする。
でも、そういった妹の仕草にドキッとしてしまう。
今まで二次元の世界に登場する妹キャラにしか心が靡くことはなかった。
けれど、今は何かが違う。
響輝は本能的にそう察したのだ。
そして、ようやく唯がノートパソコンのキーボードへと手を移動させた。
「お兄ちゃん、大好き……♡ お兄ちゃんとデートしてみたいし、ああいうところも見てみたいの」
唯の口から発せされる願望まみれの言葉の数々。
急にエッチな吐息。それと、普段は口にしないセリフを、唯は口から漏らしているのだ。
実際の場面を目撃すると、響輝も羞恥心に襲われる。
本当に視界に映る唯は、本当に唯なのかと疑ってしまいたくなるほどだ。
それに、唯は勉強机に置いているぬいぐるみを左手で触っていた。
そのぬいぐるみは、唯が書いているラノベ小説に登場する兄キャラである。
その元になったのは、響輝なのだが、小説を書いている時に、そこまで愛でられていたことを知ってしまうと胸の辺りがソワソワしてしまう。
「こ、これでいいかな?」
「う、うん、十分だよ」
「お兄ちゃん、若干引き気味じゃない?」
「そんなことはないよ。むしろ嬉しかったよ。本当は唯から、そこまで好かれていたんだなって思ってさ」
「私、別にお兄ちゃんのことが嫌いじゃないし……」
唯はキーボードを打つ手を止めると、視線を合わせることなく、ツンデレ風の口調になる。
「だから、お兄ちゃんも私のこと、好きになってよね♡」
唯は、恥ずかしさが入り混じった発言を口にするのだった。
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