第27話 俺は、唯が小説を書いているところを見たい…ただ、それだけなんだ

 響輝ひびきは唯が小説を書いているところを見たい。

 直接見て、どういう状態で、そういった表情で書いているのか知りたくてしょうがなかったのだ。


 思考回路が変態に近いが、むしろ、これは率直な疑問であり。その気がかりな点を解消するためには必要不可欠なのだ。


 響輝はゆいが座っている席へと近づき、パソコン画面を覗き込もうとした。


「きゃッ、ちょ、ちょっと、お兄ちゃん。の、覗かないでよ」

「覗きだなんて。人聞きが悪いな。これは確かめるために必要な行為なんだ。別に、覗いているわけじゃないさ」

「で、で、でも……やっぱり」

「さっきは、見せるって」

「んん……そういうの、意地悪だって……」


 唯は頬を真っ赤に染め、恥じらうように両手でパソコンの画面を隠しているのだ。

 だがしかし、妹の指先の間から、少しだけ、画面上に開かれているファイルに文章らしきものが打ち込まれていることが分かった。


 いくら隠したとしても、わかる。

 響輝は、妹ラノベの第一ファンなのだ。

 一文字でも視界に入れば、どんなシーンなのかおおよそ予測がつくほどに、そのラノベを一巻から読破している。


 響輝は何度も読み返しているのだ。数回ほど読み返しているとか、その程度ではない。

 同じ巻数を、少なくとも百回以上読んでいる。

 最初の一周目は、三時間ほどかけて読み。そこから、少しずつ読み直すたびに、三十分ずつ時間を早めていくのだ。


 十周目を迎える頃には、一冊、五分程度で読み終えるくらいにはなっている。


 同じ作品を百回以上読破するなど、変態の領域かもしれないが、それが響輝の人生にとって必要不可欠な行いなのだ。

 妹ラノベのファンである以上、隅々まで記憶し、ラノベが手元にない時でも脳内再生できる。

 むしろ、それくらいできなければ、ファン失格だとさえ思う。


 響輝は自信をもって、それだけは言えるのだった。




 変態だろうと、そうでなかろうと、そんなことは関係ない。

 むしろ、血の繋がっている兄のことを、ネタにして、妹系ラノベを書いている唯の方が、相当な変態だと思う。


「お兄ちゃん、変態だし」

「それは、唯も同じだと思うけど?」

「んん……違うから。そ、それより……お、お兄ちゃんくらいだからね。私が小説を書いているところを見てるの。むしろ、感謝してほしいくらいよ……」


 唯はそういうと椅子から立ち上がり、部屋に佇んでいる響輝と向き合う。

 まじまじと視線を合わせることはしないが、何かを話そうと必死な顔つきをしていた。


「え、えっと……その、わ、私ね……まだ、見せられないっていうか。そもそも、私、新作を書き途中だし、見せられないし」

「えー、何だよ」

「……私に、もう少し時間を頂戴よ……そ、そうしたら、見せるっていうか、その……」


 視線を合わせることなく言葉を告げる唯は、たどたどしい。兄妹なのに他人行儀みたいだ。


「でも、少し時間が経ったら見せるってこと?」

「う、うん……そ、そういうことよ」

「約束できるか?」

「う、うん……できないかもしれないけど……」

「自信を持てばいいのに」

「だって……恥ずかしいし……そ、それに、その……私の作品に、お兄ちゃんが登場するし……私がお兄ちゃんと関わったりとか、そういう描写もあるし」

「それで、そういう描写をする時って、どんなことを考えてるんだ?」

「んッ⁉」


 響輝の問いかけに、正面に佇んでいた唯の頬は、点火したかのように火照っている。


「そ、そういうのいいから。お、お兄ちゃんは、外に出てて。わ、私の部屋からちょっと出て行ってよ」

「え、ちょっと、急すぎだって」

「でも、少しだけでいいから、部屋から出てッ」


 唯のハッキリとした口調。

 焦り、混乱している感情を一旦、リセットしたいのだろう。

 だから、響輝を部屋から追い出そうと必死になっているのだ。


 しょうがないと思い、響輝は妹の部屋から出ることにした。

 あまり強引に関わって嫌われるのも面倒である。


 響輝が扉を開けようとした直後、背後に当たった。

 それは、柔らかい感触。


 一瞬、何かと思うのだが、今、背後から唯から抱きしめられているのだ。その当たっている膨らみは、おっぱいだと察した。


 大きくはないが、しっかりとした形をしている。実の妹に対して、エロいことを考えるとか、どうかしていると思う。

 だから、響輝は全力で、唯からの性的な感触を堪えるようにしていたのだ。




 けど、無理かもしれない。

 いくら妹からの誘惑に打ち勝とうと思っても難しくなってきたからである。


 唯と付き合うなんて考えられない。だから、妹と恋愛なんてしないと誓っていた。

 そう思っていても限界というものと直面するものだ、


「私ね、お兄ちゃんのことが好きなの。だから……」


 唯からの想いが聞こえる。しかし、最後の部分だけ聞こえ辛かったのだ。なんて言っていたのだろうか?


 聞き返すのもなぜか恥ずかしくなってきて、響輝は無言になる。

 唯のことを意識し始めているからこそ、背後を振り返れないのだ。


「……」


 唯の方も無言になり、何も話すことはしなくなった。そして、背後から距離をとるように離れ、両手で軽く背中を押されたのだ。


 一旦、外に出てという合図なのだろうか?

 であれば、なぜ、抱き付いてきたのか不明であるもの、やはり、振り返ることなんてできず、胸に熱い感情を抱いたまま、唯の部屋を後にするのだった。

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