第26話 これって、俺の理想の空間じゃないか…⁉

 ゆいが、あのラノベの作者⁉


 あの妹系のラノベに登場する妹キャラと、唯の雰囲気が似ている。

 まさかとは思っていたが……。

 考えてみれば、いくつかの共通点があるのだ。


 以前から感じていた疑問が解消されるようで、そのことに関して辻褄が合うことに響輝ひびきは何かを察し始めていた。




 唯が作家⁉

 身近にそんな人物がいるなんて驚きである。

 しかも、普段から読んでいるラノベの原作者が実の妹だったとは――


 響輝にとって衝撃の連続であり、隣にいる唯の方を何度も確認するように見てしまう。




 今は響輝の自室に、妹の唯と一緒に居るのだ。

 ベッドの端に座り、共に同じ時間を過ごしている。


 あのラノベの原作者が隣にいるというだけでも緊張感が内面から湧き上がってくるようだった。


「ごめんね……そういうところ黙ってて」

「……なんかさ。突拍子がなさ過ぎて、俺、混乱してるんだ。でも、唯がラノベを書いているのは……何となく理解できた気がするけど……」


 響輝は冷静に深呼吸をし、現状を受け入れるように全力を尽くしていた。


 互いに、顔を合わせるものの、同時に視線を逸らしてしまう。二人は頬を紅葉させ、押し黙ってしまった。


 二人は各々の心境が相まって、恥ずかしいのだ。


「お、お兄ちゃんは、こういう私でいいのかな?」


 隣から聞こえてくる妹の声。

 その発言に反応するように、響輝は唯の方を見やる。


 唯は俯きがちになりながらも、ゆっくりとだが、自分の意見をハッキリと言うようになった。


 響輝はもっと、唯のことを知りたかったのだ。ずっと一緒に生活していたはずなのに、妹の存在が遠くに感じていた。

 だから、これから一緒に過ごしていく上で、もっと本当の意味で距離を縮めたかったのである。


 唯は、今のままの方がいい。

 むしろ、あのラノベのクオリティが維持されるのであれば、そのままでいてほしいくらいだった。


「お兄ちゃん……?」


 何も話さなくなった響輝のことを疑問に感じたようで、唯は軽く首を傾げながら聞いてくる。


「俺は、今のままでいいと思う。唯は、もう少し自信を持ってもいいから」

「んッ……そういうの、急に言わないでよ……ビックリするじゃん」


 唯は視線をキョロキョロさせ、困惑している様子。


 問いかけてきたのは妹の方なのだが、逆に焦っているのだ。


「唯は、どうしたいの?」

「わ、私は……その……お兄ちゃんと一緒に居たいというか。普通に……」

「普通に?」

「んッ、お兄ちゃん、そういうのわかってるよね。私が言いたいことを知ってる癖に……私のこと弄ってるんでしょ。今まで私からやられたことの仕返しとして」

「そんなんじゃないよ。考え過ぎだって」

「……そう? なの?」

「そうだって」


 響輝は否定的に言う。

 唯から散々な目にあってきたわけだが、今はもはや、そこまで気にしてはいない。

 一応は気にしているが、それよりも、唯が、響輝のことが好きでかつ、あの妹系ラノベの原作者で、実の兄とデートをしてみたいという情報量の多さに戸惑いつつあった。


「それでさ、本当にあのラノベの原作者なのか?」

「もしかして、信じていないの?」

「んん……やっぱりさ。証拠が欲しいっていうか。信じていないというわけじゃないけど。目でわかる事実が欲しいんだ」


 響輝は真剣な眼差しで、唯を見つめる。

 が、妹の瞳は横を向いていた。

 まじまじと見られ、恥じらう感情を抑えきれず、視線を逸らしたのだろう。


「……わ、わかったよ。じゃあ、お兄ちゃん、私の部屋に来てくれない? そこでなら、色々話せるから。それと、証拠も」


 唯はベッドの端から立ち上がる。

 ついてきてと言わんばかりの態度を見せ、唯は響輝の部屋の扉へ向かって行くのだった。






「私の部屋、こうなってるの」


 響輝は久しぶりに訪れた妹の部屋の状態に驚き、一瞬、別の空間を見ているのではないかと錯覚してしまうほどだ。


「これ、すべて、唯の……」

「うん、そうだよ」


 唯の部屋を訪れたのは、二年ぶりだと思う。

 それにしても、その頃に比べて相当な変貌を遂げているのだ。


 唯の室内には、ラノベのポスターや抱き枕。そのほかには、妹系ラノベに登場するキャラのイラストが描かれたマグカップなどがあった。


 現実とは異なる世界を見るような眼差しで、響輝は妹の部屋の中を隅々まで見渡す。よくよく見れば、非売品商品や抽選でしか入手困難なグッズも存在するのだ。


 あのラノベファンであれば、絶対に欲しいモノばかりだった。むしろ、この妹の部屋自体が、夢の国に近い。

 ファンタジーのような空間に、原作ファンである響輝は、その光景に釘付けになっていくのだった。


「お兄ちゃん、これでわかった? 私が原作者だって」

「……んん、い、いや。まだだ」

「え? まだ、それだけじゃ、証拠にならないの?」

「……あとは、小説を書いているところを見たい」

「小説を……⁉ い、いや、それは、ちょっと恥ずかしいし。見せられないよ」

「え? そんなに疚しいことなの?」

「……で、でも、信じてくれるなら…………が、頑張って書いているところを見せてあげるけど……」


 唯はツンデレ風に言うと、勉強机の方に向かい、その机の上に置かれたノートパソコンを開き、起動させていたのだった。

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